なぜ今、こんな記憶が蘇ったのだろう。
生きていてほしかった。
死んでほしくなかった。
一人にしないでほしかった。
でも、もうその願いは叶わない。
もしも光すら越えて、過去に飛ぶことすら出来たならと思う。
そうしたら、何もかもをやり直せるかもしれないのに。
温かかったあの頃に。楽しかったあの頃に。満ち足りていたあの頃に。
けれど、どれほど星に手を伸ばそうと、過ぎ去った光には決して追いつけない。
私達が夜空に見ている星ですら、本当は今よりもずっと前に届いた光なのだから。
だから私は、前を見るんだ。
だから私は、光を極めたい魔女なのだから。
「禁 呪 解 放 !!」
それはリンドウが、マスターから唯一受け継いだ魔法。
どこまでも暗い世界を照らす、恋の魔法。
すべての想いを込めて、ここに放つ。
「"私は世界に浮かぶ星に恋し、世界を照らす光を愛する魔女なり!"」
禁呪詠唱(パスワード)、認証。
賢者の石をフル稼働させ、グリモワに蓄えられていたリンドウの魔力全てが解放され、それが手元に構えられたオーレリーにすべてが集約されていく。
あまりにも膨大な魔力の流れは、辺り一帯に漂う微量な魔力さえも呼び寄せ巻き込んで、禁呪の発動を手伝うかのようにリンドウの下で一つになる。
光の出力は、アザミの落とした隕石へ向けられる。
そうして、リンドウは吼えたのだ。
マスターの愛した世界を守れ…恋の魔法よ!
「マスタアァァァッ、バァーーーストッ!!!」
それは、夜闇を照らす、一筋の光。
閉ざされた世界の夜明けを呼ぶ、あたたかな光。
膨大な魔力は、宇宙を征く光の河のように、一気に解き放たれ溢れ出て、リンドウの手を離れていく。
それが決壊したダムのように奔流となって、真っ直ぐに向かってくる隕石へと突っ込んでいった。
その光の束はあまりにも大きく、圧倒的な輝きは夜空の星々さえも隠し、そして隕石すらも呑み込んでいく。
すべてを押し流し、あらゆるものを光熱で焼き尽くし、如何なる闇をも光で滅ぼしていく。
これが、リンドウの禁呪。
ただシンプルに、膨大な光の魔力で全てを薙ぎ倒す。
たとえ巨大隕石だろうと、その光の奔流からは逃れられない…!
ああ、壊れていく。削れていく。
全てを賭けて放った魔法が、リンドウの魔法に上回られていく。呑まれていく。
星々の光さえも遮って、世界に暗い影を落とした巨石が、悪い夢が解けていく。
彼女の研鑽が。努力の結晶が。
瓦礫のように崩れていく。
だが、それでいい…!
「魔法で負けたっていい…!お前の方が魔法に愛されているのだとしても!リンドウ、お前の魔法は私には決して届かない…!」
世界さえも壊しかねない禁呪と言えど、それらは魔法の範疇に収まる。ならば、アザミには禁呪は効かない。
そう、なぜなら魔女は、他者の一切の魔法を拒絶する!
禁呪クラスの光の奔流をものともせず、いつの間にかアザミは崩れゆく隕石の破片に混じって、リンドウの元へと突っ込んでいた。
アザミの禁呪は、撒き餌だった。
すべてはリンドウに禁呪を撃たせ、疲弊させ、隙を突くための、布石。
必ずそうすると信じていた。知っていた。ずっと背中を預けていた、相棒だったから。
アザミの砕けた手には、最早魔術の気配もグリモワもなく、ただ首を掻っ切る為だけのワイヤーが巻かれていた。
魔法を捨て、過去を捨て、最後の一片になってようやく、アザミは勝利を確信していた。
「お前の負けだ!リンドオオオオオオオオオオオオオ!!!」
光の激流の中から、聞こえるはずの無いアザミの声が聞こえた。瞳さえも見えた。
その瞳には相変わらず、強い殺意が宿っていた。それが一直線にリンドウを射抜こうとしていた。
「があああああああああっ…、アザミイイイイイイィィィィ!!!」
リンドウも、それに応えるように再び吼えた。
禁呪の反動が来ていた。
焼かれるような激痛が指先を襲い、千切れそうなほどの力に引っ張られ、今にも意識が飛びかける。
そんな激闘の最中で、不思議と目が合ったような気がしたのだ。
ああ…。
どうして?
どうしてこんなことになってしまったの?
恨む理由なんて、どこにもないのに。
二人で過ごした時間は、夢中になれるほど楽しかったのに。
二人で回った世界に、憎むことなんて何もなかったはずなのに。
二人で眺めた星空は、忘れられないほど美しかったのに。
あんなにも、魔法が大好きだったはずなのに。
あんなにも、夢を語り合えたのに。
あんなにも、あなたが大好きだったはずなのに…!
どうして…!!?