分からない!!!
何度も考えた。
何度も思考を回した。
何度も今と違う道を探した。
アザミが堕ちなければ?リンドウが魔女になっていれば?
アザミの師匠が魔女狩りから逃れられていれば?リンドウの師匠が生きていたら?
答えは永遠に出ないし、現実は何も変わらない。
こんな悲劇を回避するためにはどうすればよかったのか、もう誰も教えてはくれない。
それでも、前に進むんだ。
それでも、精一杯生きるんだ!
だから!
「私は、最期まで魔法と共に生きる…!」
リンドウの禁呪は隕石を打ち消すためのもの。その隙を突いて、アザミは限界を超えて必ず仕掛けてくる。
分かっていた。知っていた。
アザミがリンドウを信じたように、リンドウもまたアザミを信じていた。
そして、信じたからこそ、禁呪を撃てた。
至極当然だ。
禁呪は、マスターから託されたリンドウの恋の魔法。
二人の魔法で、アザミを殺すわけにはいかない…!
「言ったはずだ…!私は私の魔法で、お前を倒すと!!」
ゴボポッ!
「!?」
突如、何もない空間から水が溢れた。水泡のように沸き立ち、二人の間を包んでいく。
水滴の一つ一つが昇り始めた日の光を反射し、七色になって光と水が世界を彩った。
なぜ今、水が?いや、そもそも、禁呪を撃った直後で、魔術を展開できる余裕も魔力も、あるはずが…。
傍から見れば、不可解な事が多い。熟練の魔女であるアザミですら一歩追いつかなかったのだから、なおさらだ。
だがリンドウにとっては、いつもの事だった。
万全を期す。あらゆる事態を想定し、不測の事態にも必ず対応してみせる。
戦場では何が起こるかなど解らない。一歩でも対応が遅れれば、そのまま死に向かう事すらある。
もしそれでも足りぬほどの何かが起こってしまうのなら―――戦いながら布石を打つのだ。
魔法を放った後、その周囲には残り滓である微量の魔力が浮遊する。
それらはすぐに、世界に溶けて霧散してしまうほどあやふやで、普段なら気にも留めることはない。
だが、漂う魔力の量は、撃った魔法の大きさに比例する。
禁呪クラスの呪文ともなれば、残り滓の微量な魔力すら集め直せば、かなりの魔力の回復量となる…!
ああ…。
「感謝するぞ…!」
魔法と出逢わせてくれたマスターに、
『魔女狩り』のヒントをくれたヴェリナードに、
魔法への愛を取り戻させてくれた弟子たちに、
そして、魔法への執念を教えてくれた、お前に!!
単純に、空気中の水分の凝縮して飛ばすだけの、この魔法…。
普段のお前なら、簡単に捌けるだろう。
だが、魔法を捨てた今のお前に捌けるか?
円く漂っていただけの水滴が、徐々に銀色に色を変え形を成していく。
それは、この世界では見慣れぬ形。
しかし、別の世界の言葉で、それはとてもよく知られていた。
西洋において、悪魔や魔女などを撃退できるとされる弾丸。
万能の解決策にたとえられる、存在しない切り札。
銀色の水が、銃弾の形となって、それらは放たれる…!
「水銀の魔弾(シルバー・ブレット)!」
水と言えど、弾丸となって大量に襲い掛かられては、どうしようもない。
糸を振り下ろすよりも一歩早く撃たれては、最早為す術はなかった。
リンドウの水の魔法をまともに受け、アザミは溺れるように体の自由を奪われる。
呼吸ができない。身体が言う事を効かない。
もう、意識、が―――。
意識が途切れる最中、身体をあたたかいものが包み込んできた。
それは、二人の魔女の決闘の終わりを告げる、朝の光。
いつの間にか、長かった夜は明け、朝焼けが二人の姿を眩く照らしていた。
復讐の炎の燃え滓となった体に、リンドウの水の魔法はよく沁みて。
冷えた体に、包み込むような朝焼けは、あたたかかった。
ああ―――ようやく、終わるのか。
リンドウの弾け解けた銀弾と、夜明けの陽光が混じり合い、水の国の空に、美しい虹が架かった。