ユウリは王都カミハルムイ、王家に召し抱えられる天地雷鳴士の一族である陽衆の親を持つ子として生を受けた。
彼女もまた、物心がつく頃には当たり前のように天地雷鳴士を志す…が、それを決して両親は許さなかった。
アストルティアにおいて、冒険者は何かしらの職業に就いている。しかし、当時の天地雷鳴士の数は途絶えていない職業の中で極端に少ない。
レイダメテスの大戦で多くの勇士や高名な術士が亡くなったが、それでも生き残った者が後世に脈々と受け継がれており、断絶してしまった職業はそれほど多くはない。
だが天地雷鳴士だけは別である。
彼らは、大戦で荒れたエルトナ大陸復興のため故郷への帰路に就き…エルトナの地に骨を埋める覚悟を以て、一族再興の為だけに死力を尽くした。即ち、天地雷鳴士という職業はエルトナ以外では忘れ去られるようになった。
そして月日は流れ、大陸同士の交流が再び行われるようになり、王都が遷都する頃…天地雷鳴士を一族ではなく、普通の職業として広く技術を伝えようとする革新派と、変わらずエルトナを守るために死力を尽くそうとする保守派。それが、現代まで続く陽衆と陰衆の確執の決定打であり、始まりでもあった。
ユウリの両親は、そんな権力争いに自分の子を巻き込みたくないと、天地雷鳴士から遠ざけるように別の職業の修行を進めていた。元々、血筋というものを強く重視する一族だ。生半可な実力では他の職になる事を認められず、すぐにでも天地雷鳴士に引き戻されることになる。
そういった事情ゆえ、ユウリは幼い頃から別の職業への修行を続けていた。
だが、ユウリに流れる血は天地雷鳴士の才を順当に受け継いでいた。
ユウリはそれが嬉しかった。幻魔を呼べるのは凄いことだと、ただ純粋に褒められたことを喜んだ。
彼女は成長と共に順当に、天地雷鳴士の才能を花開かせた。それと比例するように、両親から窘められることも増えていった。周囲の陽衆の人間が、陰衆は悪だという意味を含めた物言いも日に日に耳に入ることも多くなった。それがどうにもちぐはぐな感じがして、ユウリも段々と居心地の悪さを感じ始めていた。
マシロと出会ったのはそんな時だった。
元々、自分から話しかけることが苦手だったこともあって、彼女にとっての初めてできた、何でも話せる友達。何度も修行を抜け出し、こっそりと二人で会って、陽衆も陰衆も関係なく、ただ当たり前のように友情を育むことができた。
幼稚…とは言わなくとも、ユウリは純粋だった。自分達のように、陽衆も陰衆も関係なく仲良くなれるんだと証明できた。そう思っていた。当時、互いの衆でもアサヒとヨイの若き頭領同士が和解のために動いていたこともあり、ユウリの考えは強ち間違いではなかった。
父親に初めて暴力を振るわれた。
驚いた。怖かった。
今まで何度も叱られた事はあったが、拳を振るわれたのは初めてだった。
「汚れ仕事を請負い、斬り捨てられてきたのが陰衆の歴史!それを貴様っ!陰衆と通じるとは何事かっ!
そんな事では怨霊に後ろから首を喰い千切られて死ぬのがオチだ!誰にも看取られない惨めな死に方だぞ!
何故だユウリ!何故陰衆の友達など持った!何故お前は陰衆と通じなければならなかった!言えっ!言えええええええええええ!!」
ユウリは泣いて許しを乞う事しかできなかった。
彼女はようやく気付いた。自分は大変な事をしでかしたのだと。
自分の才能も、親の期待も、この世で唯一の友達も、すべてが間違いだったのだと。
以降、ユウリの人生は終身刑と相成った。
全てを親の言いなりになり、自分というものの一切を封じ込めた。
別段、陽衆がそれを言い渡したわけではない。一見の顛末は両親が躾を言いつけるという、ごく簡単なものだった。実際、陽衆を陥れようとしたわけでもない少女の軽い行いを、一族は不問とした。頭領のアサヒがそれを黙認した。
だが、ユウリは謹慎期間が終わっても前のように動くことはなくなった。前から会話は苦手だったが、それも一層悪化した。大好きな英雄譚も、たった一人の親友も、すべてを押入れの奥に封じ込めた。
自分が何かをするとロクなことが起きない。陽衆にも家族にも友達にも迷惑をかける。そう思うと自分で考えるのも億劫になってしまった。
耐えられなかった。反抗することも、自立することも。
身にならない無意味な修行を続け、部屋でじっと太陽が昇るのを待つだけ。もう、自分など消えてしまいたい。そうなってしまえばいいのにと願った。
そんな、永遠とも思えるような生活が続いて3ヵ月。
修行場所の滝の傍で倒れているソウラと出会ったのは、そんな時だった。