「本当は、楽しかったくせに。」
「―――!!?」
突如、怨霊たちが怯え始める。今まで、ただ恨みを吐き続けるだけだったソレに、急激に炎の揺らぎが見えた。
「”お前”如きが、この村の戦士の恨みを語るな。それは、お前なんかが侮辱していいモノじゃないんだよ。」
「…ヤメロ…。」
「この村を滅ぼしたのは、”お前”だろう。私の大切な弟子のすべてを奪ったんだろう。だったら…。」
「ヤメロ…ッ!」
声色が、だんだんと低くなる。リンドウの目に宿っていたのは、怒りなのか、殺意なのか。それはこちらからは見えない。
「お前もすべてを奪われるのが、常だよなあ…!」
「ヤメロオオオオオッ!!!」
リンドウの醸し出す重圧に耐えきれなかったのか。
先ほどの火の粉などではない。悪意の腕とも呼ぶべき禍々しい手が、リンドウを握り潰そうと伸ばされる。
魔瘴も混ざった悪意の塊だ。触れれば肉体が腐り落ち、心すら汚染するだろう。それをまともに喰らうなど、たとえ腕利き揃いの冒険者でもただでは済まない。が。
「ギッ…アアアアアアアッ!!!」
苦しみに悶えるのも、また霊群の方だった。
焼かれていた。光に。リンドウの手に眩いほどの光が溢れ、それが怨霊達の腕を焼いていた。
リンドウは知っている。この光は、女神の加護そのものである事を。
そしてこの光は、闇を赦さない。人の弱さを、人の罪を、人の後ろ暗さを、人の負の感情を。
その光に、かいり、アオック、そしてユウリは見覚えがあった。村へと向かう前、作戦前夜、リンドウに託した自分達の光だった。それがどういう意味だったのかは分からない。
「本当は…ちゃんと成仏させてあげたかったんだ。ねるのご先祖様…レイダメテスの大戦を、苦しみながらも戦ってきた、偉大な人達だから。」
「え…?」
「でも、ごめんな、ねる。やっぱり無理だ。ここまで悪意に侵されてしまっては、もう正しく浄化はできない。」
リンドウは、悪意にはただならぬ殺意を抱くが、怨霊だけならきちんと浄化の手順を踏むつもりだった。
だが、もう手遅れになってしまった以上、あとは後腐れの無いように、処分するしかない。
「ごめんな、ねる。恨んでも、いい。」
静かに、けれどどこか優しく許しを乞う師匠の姿が、どこかねるには寂しさを感じさせた。
だから、ねるはただ、信頼を置いてこう言った。
「構いません、お師匠様。…どうか皆さんを、眠らせてあげてください。」
「―――ああ。」
その瞬間、ずっと霊群の手を焼き続けていたリンドウの手が、一層光を帯び始めた。いや、光だけではない。これは…熱だ。それも、生半可な熱ではない。
「この魔法の欠点は二つ。一つは、魔法耐性がなければ、”誰彼構わず体を汚染する事”。」
「…!?」
「そしてもう一つは…”被害を出さないよう威力を絞るには、直接触れなければならない事”。」
なぜそんな事をしなければならないか。答えは単純だ。
「Target Limited Physical Driver…。」
そうしなければ、放射線の効果範囲を対象のみに絞れないからだ。
リンドウ以外聞き取ることの出来なかった詠唱が流れ…突然、掴まれた腕を通して、膨大な熱量が霊群へと流し込まれる。
熱。熱。熱。ソレが一体何なのか、霊群達は知る由もないだろう。
入るはずのない怨霊の群れに亀裂が入る。キャパシティを軽々と超えた熱量が溢れ、内側から霊群を破壊していく。臨界する。
リンドウが研究し、そして破棄された太陽魔法。
別名…核熱魔法。その効果は至ってシンプルだ。
「地獄の業火に焼かれて死ね。」
核分裂。ただ単純に、膨大な熱量を相手に流し込む。それだけだった。
「”BURNING LOVE” .」
大爆発。そして爆発音。
その熱量は土地にこびり付いていた筈の怨霊達を一瞬で引き剥がし、そして幾度となく無数の霊を焼き続けた。まるで紙屑のように灰も残さず霧散していく。光熱に晒されながら、顔色一つ変えず黙ってその様を眺めるリンドウに、その場の誰もが息を呑んだ。
しばしの、静寂。
目の前には、もう怨霊も霊群も、もう何も残ってはいなかった。
「ああ…もう大丈夫だよ、ねる。」
だから、結果だけを書こう。
「ここに残ったニュートロンに、もう魂の色はないんだ。」
ねるの村を故郷を滅ぼした悪意の怨霊は、蒸発した。