リンドウは今、何と言った?
そうだ。世界だ。この村と魔族の関係を、一つの世界だと言った。
魔族を500年間恨み続けた戦士達の末裔。
彼らには魔族との戦いがすべてだった。それが想いの全てだった。
そして、イオリ村という外から隔絶されたコミュニティ、世界。
魔族を快楽と憎悪によって恨み続ける無意識の、想い。
それを受け止める、悪の象徴の魔族という、器。
そして、それが結実し、この世に顕現したもの。
自分は、同じものをよく知っていた。
その瞬間、心に強烈な拒絶感が滲み出た。
嫌な真実に辿り着いてしまった。ざわめく心が、奥底から全身を震え立たせた。
―――嫌だ。
嫌だ。自分がずっと憧れ続けてきた、強く、美しく、輝かしく、何よりも尊いものが、ソレと同じものなどと認めたくない。
私は、認め―――――。
「―――――」
その時、心の奥深く、遥か闇の深淵の底から、”彼女(わたし)”の嘲るような笑みが、一瞬だけ見えた気がした。
…ああ、そうか。これが、闇なのか。
危なかった。
真実を無視して、自分から大切なものを曇らせてしまうところだった。
気持ちを落ち着かせる。濁っていた思考を再び回す。
もう大丈夫だ。目を逸らすな。
この村と魔族との戦い。
500年という時の流れで純度を増した想い。
そしてその結果、起こり得たかもしれない”可能性”。
それは。
「…それは、世界が起こした奇跡だったんだね、リンドウ。」
「…よく、認めることができたね、かいり。」
「そう。イオリ村と魔族の関係は、世界中の人々の救いの声を力に換えて戦う、勇者や英雄と同じ構図。器が勇者か魔族だったかの違いでしかない。」
「奇跡とは、必ずしも正しい方向のみに起こるものじゃない。負の方向、歪んだ奇跡というものも存在するんだ。」
世界に望まれれば、世界を救う勇者をも生み出し、世界を壊す悪すらも生み出す。それこそが。
「世界。それを埋める想い。その想いを受け止める器。この条件が揃えば、世界の大小など関係なく、奇跡は起こり得る。勇者に力を与える者達が歪んだ願いを持ち、勇者自身もそう思う。または心を空にすれば、その可能性はある。」
冥王ネルゲルがそれに近かった。大戦中の戦士達の怨念となった想いが、500年という時間をかけて余計な感情を失わせ、より純度の高い歪んだ想いが棺に集約し、形となったもの。
もし、御霊となった戦士達の魂に微かでも平和を望む光がなければ、或いは盟友がどうにか完成一歩手前で守護者を討ち果たしていなければ、さらに強大な敵として立ち塞がっていたかもしれない。
人は、高らかに人の可能性を謳う。
人は可能性に満ちていると。より良い未来に向けて歩き続けられると。
だが一方で、その真意には気づかぬ者も多い。
「光と闇は表裏一体。心が生む奇跡の力…。」
「そう。どちらも同じ、『人の可能性』だ。」