会議室で会議を続けている指揮官達だが、その中で一番うんうんと頭を悩ませているのはアスカだった。かつてないほど大規模な作戦であり、しかも纏めるのは一癖も二癖もある、正規軍に属さない冒険者ときた。正直、纏め切る自信は薄い。だが、彼女を最も悩ませているものは…。
「…ロスウィード。」
「なんだ?」
「今回の作戦って…軍の最終目的は、太陰の一族の討伐…ですか?」
この作戦が正式に決まる前…アスカは作戦資料として太陰の一族に関する事も目を通していた。
作戦の発端は、ソウラの仲間であるアズリアが攫われたのが理由だ。しかし、たとえアズリアの奪還が成功できたとしても、太陰の一族との間に明確な何かがなければ、アズリアは再び狙われる。であるならば、この作戦で太陰の一族には決着をつけねばならない。
和解というのも、確かに一つの手ではあるだろう。だが、一族の再起の芽を全て潰してしまえば、それは従属と何ら変わりない。一族の居場所を保証したとしても、それは隔離でしかない。少なくとも、和解という言葉は次の争いを生む薄氷となるだけだ。そんなものを、アストルティアで孤立同然になっている一族が受け入れるとは思えない。
それに加えて、リンドウが持ち帰って来たイオリ村の惨状。
「なんで今回の作戦、冒険者を扱う部署の俺たちが指揮を執り、戦術も冒険者に任せていると思う?」
アストルティアにとって魔族とは共通の悪であり、不俱戴天の敵である。ゆえに、大国にとって魔物の討伐は義務であり、各国心血を注いで国防を担っている。
しかし有史以来、アストルティアに魔族が隠れ住んでいた前例はない。少なくとも、大国の監視や警戒網すらも潜り抜けて魔族が暗躍するなど、現実的ではない。魔瘴が圧倒的に薄いアストルティアでは十全の力で生き伸びる事すらも不可能だった。
ゆえに、太陰の一族との戦いは大国にとってもどう転ぶか全く予想のできないものであった。
国の義務としては、討伐こそが第一でありそれは共通意識だ。しかし一方で、500年前のレイダメテスの泥沼の争いの歴史を思えば、魔族との新しい付き合い方を模索してもいい時期でもある。魔王との戦いの渦中でもあり、魔物への偏見が最も薄まっている混沌の時代。
「つまり、国からの命令は一つだ。…『うまくやれ』。」
いい加減にも思えるが、各国は至って真面目だ。
「責任重大、ですよね…。」
「ああ。けど、そんなに重く考えなくてもいいと思うぞ?」
「え…?」
そのための、柔軟な考えや動きの出来る冒険者部隊。生き方も立場も境遇も異なり、魔族の討伐にも和解にも考えを向けられる、突入部隊なのだ。
そして、アスカもその一人だ。たとえ魔族であっても、戦闘時は非戦闘員のいる区域は狙わない。やむを得ず攻撃する際は撤退まで手は出さないように…など、その方針は既に冒険者にも伝わっていた。そこまで気を配ることができるからこそ、突入部隊の指揮を任されたのだ。
「国にとっては、魔族との和解自体は重要じゃない。大事なのは、魔族と和解することが、アストルティアにとって利益になるかってことだ。」
ロスウィードにとって、国家への評価は変わらない。
国の利益を最大限追及するための組織を国家という。国家は国の味方であり、時に国の利益と反する少数の民に犠牲を強いることもある。敵か味方かの二元論で言うならば、どちらでもないのだ。
魔族との和解こそが、国にとって最大限の利益を齎すのだと示せば、国家は和解を目指す面々の味方となる。
そのために、ロスウィードは女王陛下から、「うまくやれ」と言い渡されているのだ。和解を目指すならば、それを国に示してみせろと。それに応える用意はあると。そのために、ロスウィードは既に幾つか根回しも行い、布石も打っていた。
その一つが冒険者という、歴史の目撃者だ。500年前の戦士団と太陰の一族との戦いが最終的に謀殺され和解を台無しにされたのは、偏に味方づくりに失敗したためだ。自分達以外に頼ることができなかった状況ゆえに、両者は孤立し、犠牲となってしまった。
だからこそ、味方を作るのだ。密室で和解案を練るだけでなく、世の中に和解を望む人をひっそりと増やすだけでなく、和解を目指している突入部隊やソウラ達の頑張りを、アストルティアの人々に知らしめるのだ。歴史の目撃者が増え、その話が広まれば、和解を潰そうと暗躍する者達はかなり動きにくくなる。冒険者同士の繋がりを武器にするのだ。
「なるほど…悪くはないですよね。戦争の基本は数ですし。」
「そーゆーこと。つまりはだね、わざわざ突入部隊にExtEを呼んだのも、その為なのだよ。決して私利私欲ではぬい。」
「ドラム缶号東京湾行き?」
「さーせん。」