彼と最後に通信魔術で連絡を取り合ったのは二週間前、突入部隊への参加を決めた直後の事だ。
「…よう、リソル。」
「久し振りだな、ソーリス。野垂れ死んでないようで何よりだ。」
二人は元々、お互いにゼクレス魔導国の極秘任務としてアストルティアへの調査のために送り込まれた身だった。と言っても、リソルは念入りな仕込みの上でとある学園への潜入であるが、ソーリスは逆に冒険者を装っての広域に渡る調査だ。
「…念のため、確認をしようか。お前はスパイとして潜り込んだ訳ではない。本気でアストルティア側についた。そう考えていいんだよな?」
有り体に言ってしまえば、ソーリスは太陰の一族を利用し、アストルティアとゼクレス、ひいては魔族との和解に繋げたいと考えるようになっていた。
「…ああ。すまぬな、リソル。結果的に、今はお主の敵になったも同然だ。」
しかしそれは、ゼクレスの為だけに使命を果たさんとするリソルからすれば、アストルティアの肩を持つソーリスは裏切りと罵られても仕方ない事だ。
「…はあ。呆れてものも言えないね。寝返るならせめて、俺の首の一つでも手土産にするのが筋だろうに。」
「…お主、もしかしてそんなに怒ってないのか?」
「は、何を今さら。お前と俺じゃ、最終的な意見は食い違う事なんて、分かり切ってたことだろう。」
「…それなのに、余達を裏切り者だと告発する事はしなかったのだな。」
「ま、お前の味方にはならない。けれどお前との腐れ縁も長いからな。売るような真似はしないさ。」
魔族にとって、年齢はさほど重視されないが、それでも歳が近く、同時に将来の魔族を背負って立つだけの器を持ったリソルを、ソーリスは友人として尊敬していた。
だが…友人だからこそ、決して譲れないものもあった。
「…やはり、お主の考えは変わらんか。」
リソルはああ見えて、皮肉屋であると同時に自虐的でもあった。国に蔓延していた根深い権力闘争による、魔族の醜さを見続けてきたからなのかは分からないが…物事を悲観的に見がちなリアリストで、己に対する自己評価が低かった。それは、この場に及んでも変わっていない。
「和解?素敵だね。けれど現実に、和解を望む魔族は一体どれだけいるんだろうね。」
そう、それだ。それは大事なことだ。和解を謳う以上、絶対に目を背けてはならない問題だ。
「俺もお前の家も、和解という思想そのものに共感してるわけじゃない。先王イーヴ様やアスバル様の魅力に心酔し、従ってるのが多数派だろう。」
「…。」
「バルディスタ中心の過激派は勿論、同じ穏健派ですら、和解に前向きってわけじゃない。奴らの主張の大半は、アストルティアとの戦争に疲れ果てて、戦うくらいなら和平を結びたいっていう、後ろ向きな和解だ。」
アストルティアの民が魔族を受け入れられないように、魔族側もアストルティアを心の底から受け入れたいという層はほとんどいない。ごく普通の魔族からすれば、アストルティアは憎むべき敵。倒すべき相手。それが、生まれた時から魔族が持ってきた『感情』なのだ。
「ソーリス。お前の望む和解って道は、ごく少数の者の考えを、大多数の魔族の感情を無視して押し付けるのと同義だ。その自覚はちゃんとあるんだろうな?」
和解という理想に酔い、現実が見えていないロマンチストを、リソルは決して許さない。ソーリスもそんな無責任で迷惑なテロリストもどきでない事を、祈っていた。
「分かってるとも。それでも”俺”は、アストルティアとの和解が魔族にとっても最良の道だって信じておる。だからその思想を押し通すのだ。己の正義を振りかざす。それが戦争ってモンであろうよ。」
だが、そんな心配もまた無用だった。ソーリスは己の理想のために、自らの手で勝ち取ろうと、太陰の一族との和解を、魔族全体との和解の橋頭保にし、和解への機運をアストルティアで高めようとするのだ。
「…はあ。そこまで理解してるんなら、これ以上言う事はないな。…やりなよ。お前の気の済むまで。」
「リソル…。」
そして、リソルは未だ本格的に動いてはいないが、出来る事なら、彼にも自分の価値観を変えるような、そんな人に会って欲しかった。その出会いの場にも、アストルティアは恵まれているのだから。
「連絡はしばらく控えようか。お互い生きて役割を終えたなら、また議論を交わそうぜ。」
「…そうだな。またな、リソル。」
どうかリソルにも、アストルティアの恵みがありますように。
通信の切れた城の一角で、どこか寂しげな影を背負うリソルの無事を、ソーリスは祈らずにはいられなかった。