「…難しい事はよくわかんないんだけど、さ。」
「…。」
「アタシからしたら、りんどーも、すっごく眩しいわよ?」
「…!」
冒険者の中でも特筆すべき能力、魔術、機転を持ちながら、リンドウは今までそれらを一切全開で披露した事はない。幾重にも保身と安全で身を固め、権謀術数を巡らせ、そして全部の力を使う前に事を終わらせていた。
リンドウの強さとは、冒険者のように強敵と渡り合うためのものではない。ただただひたすら、己が心と体を守るために磨かれる、生きる術であった。
だからいつだって、自分にできる事は全て把握しておきながら、自分がどこまで行けるかなど、考えたこともない。
「それになんだか、たすけてって、言ってるような気がしたの。」
かいりは、リンドウの過去を知らない。彼女はディオーレ女王の顧問魔術師で、凄腕の魔法使い。知っている情報はそれだけだ。
だが、彼女の…英雄の資質の一つの瞳は、ぼんやりとだが、リンドウの真実の輪郭を捉えていた。もしかしたら、そんな瞳はないのかもしれないけれど、直感で解ってしまったのだけは、確かだ。
「…私が、助けて、って?」
「気がした、ってだけだけど。」
それは、気のせいだ。
そう断ずることが、リンドウには出来なかった。
正しいとも、間違いだとも、言い切れない。自分の事の筈なのに、自分の事が、分からない。光と魔術で誤魔化し過ぎて、見失っているのだろうか。そんな風に言われた事などなくて、戸惑ってしまった。
「たすけて、なんて言われたら、断れないじゃない?」
そんな風に言った覚えはないのだけれど、なんだかそれは自身を見抜かれたような、それを端的に言い表しているようで…それがほんのちょっとだけ、怖くて、うれしかった。
「…じゃあ、もしさ。」
「ん?」
「私が助けてって言ったら、かいりは助けてくれる?」
「当然じゃない。もっちろん!」
二つ返事。当たり前のように、難しくない事のように、あっさりとそう言ってのけた。その言葉に虚偽はなく、真実に満ちていて、あたたかかった。
かいりの言葉が本当の事を言っていると受け入れた時、すとんと、自分の中で何かが落ちる音がした。
ああ、私は、助けてほしかったのだと。
頑なに星の夜空と、見上げる地。輝く者と眺める者。決してそちら側に行ってはいけないと、自分が勝手に引いていた一線を越えて、この手を握って、連れ出してほしかった。
罪過、惜別、後悔、呪縛。ありとあらゆる傷の檻に閉じ込められて、自由を知るがゆえに檻の外の空に焦がれ、そして広すぎる世界が怖いから、今もなお何処にも行けなくなっている。
未知の冒険に対して、好奇心よりも恐怖心が勝ってしまう自分は、この世界の冒険者と一緒にいるべきではない…。どこか礼節を欠くような、後ろめたささえあって、いつからか自分はただ眺めるばかりになっていた。
「…かいりが英雄なら、さ。私はさしずめ、お城の中のお姫様、かい?」
「…ふふふ。そうかも?」
お城で囚われになっているお姫様と、救いに来た未来の英雄様。ああ、うん。それっぽいのかもしれない。魔女をお姫様と呼んでくれるなら。
「いいよ。行こっか。」
「うん?」
「連れてってくれるかい?かいり。私を、冒険者の世界に。」
決めてしまえば、口に出してしまえば、それは思っているよりも遥かに簡単で、あっという間で、ずっと怖がっていたもの全てが小さいものに思えてしまう。
「私は厄介な女だよ?かいりにどんな面倒を被らせるか、分からないかも。」
「ふふん、そのくらいどうって事ないわ!りんどーだって守ってみせるし!」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、頼らせてもらおうかな。」
「それに、勇者パーティーには腕利きの魔法使いがいるべきと、古の英雄譚から決まっているもの!」
迷いなく、晴れやかに、かいりはそう笑ってみせた。その笑顔が眩しくて、綺麗で、美しくて…好きになってしまう。たまらなく愛おしくて、恋しくて。
これから先の、かいりとの冒険を想像して、やはりほんの少しだけ、怖くなった。危険も困難もあるだろう。全てが順風満帆とはいかないだろう。好きな人を失うかもしれないという恐怖は、これから先ずっとついて回るのだろう。
けれども、かいりは決して魔女の手元に置かれ愛でられるだけの愛玩人形ではない。
様々な冒険、困難、未知、危機。それらが彼女を強くしていく。そしていつか、眩く輝く星の様に、一際美しいものになる。
そうなったら、その時は。
彼女に一番近い特等席で、その輝きを観ていたい。その席だけは、誰にも譲りたくない。
そうだ。いつか必ず迎えるその時を、彼女の傍で待っていよう。