メラスは装備袋を、背負ったままで、のそのそ住宅村にはいって行った。たちまち彼は、巡邏のプクに捕縛された。調べられて、メラスの懐中からは30種類の武器が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メラスは、土地管理人の前に引き出された。
「この武器で何をするつもりであったか。言え!」管理人は静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その管理人の顔はりっきーのように蒼白で、眉間の皺は、顧客対応によるストレスで切り刻まれたかのように深かった。
「ティアを暴君の手から救うのだ。」とメラスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」管理人は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、準廃の孤独がわからぬ。」
「言うな!」とメラスは、いきり立って反駁した。「土地の価格を釣り上げるのは、最も恥ずべき悪徳だ。管理人は、準廃の承認欲求をさえ疑って居られる。」
「釣り上げるのが、エンドコンテンツの心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、カカロン並みにあてにならない。人間は、もともと地雷のかたまりさ。信じては、ならぬ。」管理人は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。安定した課金を守る為か。」こんどはメラスが嘲笑した。「罪の無い金策を殺して、何が課金だ。」
「だまれ、キッズタイマー。」管理人は、さっと顔を挙げて報いた。「チャットでは、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、垢BANになってから、泣いて詫びメールしたって聞かぬぞ。」
「ああ、運営は悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんとBANされる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メラスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、BANまでに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、相方を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村でティア内結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした猫が帰って来るというのか。」
「そうです。ロールバックするのです。」メラスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティという道具鍛冶がいます。私のガチのフレだ。あれを、トルネコの代わりとしてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目のリアル日没まで、ここに帰って来なかったら、あの友人をBANして下さい。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いて管理人は、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りコインを、三日目にBANしてやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りコインを種族神像に捧げてやるのだ。世の中の、ブロガーとかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りコインを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっとBANするぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にログから消してやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。垢が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
メラスは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
ガチのフレ、セリヌンティは、深夜、住宅村に召された。管理人の面前で、佳きフレと佳きフレは、二年ぶりで相逢うた。メラスは、フレに一切の事情を語った。セリヌンティは無言で首肯き、メラスと5000万ゴールドを取引した。フレとフレの間は、金でよかった。セリヌンティは、反省部屋にぶち込まれた。メラスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。