窓を流れる無数の色。緑の草木。茶の土や岩壁。白い外壁の民家。高架下をのんびり歩く青い一つ目巨人。その魔物を腕試しの相手と見定めた、色とりどりの装備を身に纏う冒険者。それらの上にいつもある、様々な形の雲を抱いて様々な表情を見せる青空。夕焼け。星空。夜明け。そして今は、見渡す限りの海。北側の窓も、南側の窓も
(飽きたズラ)
「仕方ないでしょ。まだ先は長い」
アズランを発ってから数日。カミハルムイ駅や港町レンドアにて荷や人を入れ替え補給も満たした大地の箱舟は、オーグリードはグレン城下町に向け進んでいる。しかしながら我々はその数日間を殆ど変化のない箱舟の腹の中で過ごしていた。列車すら体内のヒトやモノを循環させているというのに。仕方がないとはいえ、確かに退屈ではある
(ねぇ途中グレンで降りない?前々っから気になってたステーキ屋チャンがあるんよ)
「駄目」
どうしてそんな事いうのォォォと言う心の声を無視して荷物に入れていた本を開き、眼前に掲げ周囲の視覚情報を遮断する。患部を覆うガーゼ等に殺菌作用の有る薬剤を用いる為、必要となる毒消し草の品種は
(どうして難しいご本読むのォォォ)
うるさいなと言いそうになるのを堪えなければならないのは不便だ。前の席にも後ろにも乗客が居る。皆静かなものだ。退屈だからと他人様をジロジロ観察するワケにもいかないから、各々ボクのように本を読んでいたり窓の外に目線を投げてたり編み物に没頭していたり。話し声が聞こえるならすぐにでも分かる
「だからさぁ、グレンの近所にゃ爆弾岩がゴロゴロ居るだろ。ソイツ等の中に特異体みたいなヤツが混じってたんならギガボンの宝珠だって」
「そもそもが既に造られた後の爆弾を、どうして宝珠の力とやらで威力が高まるというんだ」
今し方レンドアから乗り付けた新参か。聞いた声が近くを通り抜ける。が、ボクは医学書の熟読に意識を向ける
「おっと席空いてるな。座らしてくれ」
前の席に座る先客が窓際に移り新たに増えた気配をページ越しに感じる。が、ボクは医学書の熟読に意識を向ける
「手先が寂しいなぁ。爆弾をイヂらせてくれないのは箱舟の不便なトコだぜ」
「誤解を招くな。大体武器の持ち込みは御法度だぞ」仲間を諫める落ち着いた声色は周りに気遣い小声なのだが、その相方はやたら通る声で[爆弾]などと言う。きっと乗客の何人かは声の主を怪訝な目で見たろう。が、ボクは医学書の熟読に意識を向け
「あれアンタ、会ったことあるよな?」
不意に呼びかける声に応える為本を下ろす。が、グラサンを掛けた顔はボクの方では無く通路を通り掛かった新たな乗客の方を向いていた
「あややややや~こんにツィア~。皆さんもグレン行きですか~」
其処にはふわっとした雰囲気を表情から表しているかのようなエルフの少女がいた。顔見知りに出会って心底嬉しそうに手を振っている。この子には面識があった。そして、本を外して初めて見る前の席に陣取る二人組にも
「空いてるお席を探してたんですよ~。お隣」
イイですか~、と聞こうとした目がボクと合う
「あややややや!?タチバナさんじゃないですか~お久しですね~」
「あれ!?タチバナ居たの」
「.....気付かなかった」
「キミ達...」
頭の中でアヤの笑い声が聞こえる