※DQ10関係ないです
吐き出し口がないので清算がてら書かせていただきます
気持ちが清算できたら消します
ただコンプ刺激されて苦しんでる哀れな人間の書いた記事です
某作品を観た
作品名は伏せますが、結構流行ってるというのと、超希死念慮!のタイトルからなんとなく察してください
誘われる形での鑑賞だった
池袋グランドサンシャイン 21時からの上映だった
まず前提として、
映像は綺麗で気合いが入っていて、キャラも可愛い
流行るのは納得できる仕上がりだった
でも、私にはとにかく合わなかった
合わないどころか、観たあとに何かが壊れた感覚があった
それは作品が悪いというより、「大衆の視点」を
悪い意味で突きつけられたように感じて、
猛烈な虚無感が湧いたからだと思う
特に効いたのは、「毒親」要素の扱いだった
毒親や親子の確執自体は、よくある設定だし、
それだけなら正直そこまで気にならなかった
ただ、主人公があまりにも超人的だった
超人的な体力とスキルを持っていて、
目の前の課題も、親との確執も、
オマケみたいに軽々と乗り越えていく
主人公が乗り越えるのはいい
むしろ乗り越えてほしい
問題は「乗り越えたこと」じゃなくて、
その描かれ方から滲む空気感だった
「親と子の確執なんて、青春の一部にすぎないよね」「つらいけど、努力と才能があればヒョイっと越えられるよね~」
そういう「マジョリティの視点」を、
私は奥底から感じ取ってしまって勝手に深く刺さってしまった
監督なのか脚本家なのか原作者なのかは分からない
でも「健全で健康な人がなんとなくイメージで書いた毒親とその子ども」みたいな匂いがしてまあきつかった
「JKが一人暮らししながらバイトして作曲して東大合格するくらい余裕で、毒親くらい乗り越えられるでしょ笑」
みたいな無自覚な軽い視点を感じた
これは現状苦しんでる人間であれば到底できない表現だし、ネットで体験談的なやつを読んだ健常者の感想や感覚ってこんな感じなんだろうなぁと思った
もちろん作品としては成立しているし、
刺さる人がいるのも理解できる
でも私とは噛み合わなくて、観たあとに虚無だけが残った
うまく言語化できないけど、作品そのものというより「多数派にとって毒親はこの程度の重さなのかもしれない」
という感覚を突きつけられたからだと思う
あと何よりも一緒に観た同行者(彼氏)にこの感想を伝えたら
「性格が捻くれてる」
「まともな青春送ってない人間不信者だからそんな感想が出る」
「人間関係を利害関係でしか見れてない証拠」
「感情だけで作品見てて話にならない」
「あの尊さがわからないのか」
と、もしかして脚本家の方ですか?ってくらい
ボロカスに言われたのもトドメになりました
まあ彼氏は両親仲良好、定期的に旅行にもキャンプにも行くお金持ちの家庭で育ってるので
刺激されるコンプレックスも何もなく、素直に作品を楽しめたから私の「否」の意見を聞くのが嫌だったんだろうな
(そりゃ嫌か。ここは私ももっと配慮すればよかった)
私はバチバチにコンプ刺激されたので、
この作品が「めっちゃウケてる」という現実から
そこに違和感をもって苦しんでる人間なんて少数派で理解されないマイノリティであることが可視化された感じがして
なんかもうそこもとにかくきつい要因だった
一番身近な彼氏にすらこのボロカスな言われようだったのもあり、「もう誰にも理解されない~泣」みたいなモードに入って泣きながら深夜徘徊した
人間、幼少期に手に入らなかったものに死ぬまで執着するらしいが
私はたぶん「寄り添い」と「共感」にしぬほど飢えている
そして「突き放されること」に強い恐怖心がある
今回、この作品を見ることで
「突き放される感覚」
「共感されない感覚」
「自分のコンプレックスやトラウマごと軽視される感覚」
それを一気に感じてしまったし、
知ってしまったんだと思う
この作品を楽しめる人
違和感を持たない人は
きっとそのへんのコンプレックスもトラウマも持ってないということなので
それは本当に幸せなことだし誇っていいと思う
私はこの瞬間に、この作品を観て一緒に尊い~と喜べない自分にもひどく自己嫌悪している
私が暴力や支配的な描写安心するのは、根本的に救いや人を信じてないからだと思うし、
自分のこれまでの人生を肯定できるひとつの材料だからかもしれない
今まで自キャラの檻に閉じこもって自創作するかどう見ても悲惨なオチにしかならなそうなホラーやサイコサスペンスばっかり観てたから、こんなに作品ひとつにくらってしまうとは思わなかった
いい経験だったと思っておきます
興味を持った人は某作品、ぜひ観てみてください(8割は楽しめる作品だと思うので)