あの日以降、リウはルマのことを心待ちにするようになった。彼女にとっては、“はじめての友達”なのだ。それは、何にも変えがたいものである。前まで驚きを生んでいた扉のノックの音も、今や彼女の待ち望む期待の音と化していた。
「コンコンッ」
[あ…!]
リウはその音に即座に反応し、彼女をくるむ毛布の上に置いていた紙を持った。
「入るぞ。」
声と共に、ルマが部屋に入ってきた。リウは目を光らせ、彼に自身の持っている紙を主張した。
『いらっしゃい、ルマくん。』
「な、なんだよこれ…。わざわざおれのために書いたのか…。」
とても綺麗な字で書かれていた。ルマは戸惑ったが、彼女の好意を察してか、優しく笑った。そして近くに佇んでいたパイプ椅子を展開し、リウの近くに座った。
「綺麗な字じゃん。お前、わざわざ俺のために丁寧に書いてくれたんだな。」
ルマの発言に、リウは少し恥ずかしそうに笑顔を作った。そして、急いで新しい紙に文字を書きはじめた。
『なんで、今日もきてくれたの?』
その字は、とてもさっきの字を書いた人とは思えないほどに、雑な字だった。その字を作ってまで、会話がしたいという願望が強かったのかも知れない。
「うーんと…。何て読むんだ…?」
[何で今日もきてくれたの?]
と彼女は言おうとしたが、彼女の口から言葉は出なかった。
「ああ、何で来たかか。」
意味が伝わり、リウはほっとした。
「なんでって言われてもなあ…。」
ルマは返信に困った。理由と言われても、彼には思い付くものがなかった。いや、その思い付かなかったことこそが理由なのかも知れないが、真偽は定かではない。
「まあなんでもいいじゃん。」
ルマははぐらかすという手法をとった。滅茶苦茶な手法だが、その手法にリウは賛同した。
『ルマくんは、文じはかけるの?』
「文じ…?あ、文字か。…いや書けるに決まってるだろ!」
[ご、ごめんなさい…。]
ルマの強いツッコミに、リウは驚いて顔を下に向けてしまった。ルマは我に気付くと、リウに近づいた。
「ご、ごめん…。別に脅かす気はなかったんだが…。」
ルマは謝罪の意をリウに伝えた。リウは下を向きながら長文を紙に書きだした。そしてペンを止め、顔を合わせず紙をルマに見せた。
『ううん、だいじょうぶ。わたしこそ、当たりまえのことをきいてごめんね。』
「い、いや、そんな落ち込むなって…。悪かったから。」
ルマは、リウの肩を軽く叩いた。リウは少しびっくりしたが、安堵の影響か少し笑顔が戻った。
『わたしも、いつかきみみたいにはなせるようになりたいな。』
その文字に、ルマは苦笑いした。
「喋れないって、なかなか不便そうだよな。おれも文字だけでしか伝えたいこと表現できないって思うと、なかなか面倒くさそうだし。」
ルマの発言に、リウはそそくさと文字を書きだした。
「めんどくないか?毎回そんな書いて。」
リウは首を傾げた。生まれつき話すという動作が出来ない彼女にとっては、それが当たり前、つまり普通なのだ。彼女にとって普通である事象は、当然その者に不便さなど与えられないはずだ。むしろ彼女からすれば、普通ではない話す方が大変と疑っていることも否定できない。
『わたしにとって、かくことはべつにめんどうではないよ。』
そうこうしているうちに、彼女の紙が黒で彩りを完成させたようだ。紙に記された文字のフォーメーションに、ルマは不思議な感情を抱いた。
「まあ、慣れてることの方がいいと感じるのは当たり前か。」
そんな話をしているうちに、空が暗くなってきた。
「あれ、もう夜か…。いや、冬だし、そもそも来たのも夕方だしな。」
ルマは、自分の座っていたパイプ椅子から立ち上がり、たたんで壁の方に置いた。その様子を見たリウが、紙に文字を急いだ様子で書き始めた。
『明日も、またきてくれるとうれしいな。まってるね。』
帰り支度をするルマに、紙を広げて見せた。その紙に、ルマは微笑した。そして、ルマは扉をあけた。リウは笑顔でルマに手をふった。ルマは軽い笑顔で、リウに手のひらで挨拶し、病室から去った。
to be continued