「コンコンッ」
ルマは目を光らせた。
「入るぞ。」
早朝、ドアのノック音と共に、ルマがリウの病室へと足を踏み入れた。リウはとても嬉しそうにルマを見つめていた。そして、思い出したかのように紙をルマに広げた。
『今日もきてくれたんだね。喜しいな。』
「はは。」
ルマは、2つの意味で苦笑いした。一つは、最早明瞭であろう。歓迎されて、快く思わない人間などいないはずだ。もうひとつは…。
「嬉しいって書きたいなら、喜の横に女を書かないとな。」
ルマはリウからペンを借り、喜の横に女を付け足した。リウは、心なしか少し照れ隠しをしているように顔を赤らめていた。そして、再び紙に文字を書きはじめた。
『ルマくんって、とってもかしこいんだね。』
「え、いや、そんなことねえよ…。」
ルマは口頭では否定したが、紙に記された文字を見た時は、彼女の純粋な笑顔も相まって嬉しそうだった。
「そうだ、これ食べてみろよ。」
ルマはそういうと、持参していた袋からパンを一つ取り出した。コッペパンだった。リウはそそくさと紙に文字を書き、その紙をルマに広げて見せた。
『それって、コッペパン?』
「お、よく知ってるな。」
正解を記したリウは、嬉しそうな顔をしていた。ルマは彼女の笑顔をさらに発展させようと試みた。
「これはただのコッペパンじゃないんだ。なかに苺ジャムが入っててな。これがまた相性いいんだ。」
リウは、ルマのプレゼンテーションを不思議そうにきいていた。自分の知らないレシピに困惑しているのか、知らないという事象から生じる興味なのかは定かではない。しかし、少なくとも否定的には捉えていないようだ。
「ほら、食べてみろよ。」
ルマは、コッペパンをリウに差し出した。リウは少し驚いたが、すぐに嬉しそうな顔を作り、コッペパンを手にとった。
[いただきます。]
リウはコッペパンを口にいれた。パンとジャムの絶妙なハーモニーに、リウはとても驚いた表情を作った。すぐさま二口めを食した。彼女にとっては、とても感動的だったのかもしれない。仲の良い友達の好意と、未体験の絶品のコンビは、何にも劣らないであろう。
コッペパンを食べ終わったリウは、文字を紙に書き、満面の笑みでルマに広げてみせた。
『とってもおいしかった。ありがとう。』
その文字を見たルマは、嬉しそうな表情を作った。リウはルマの手を両手で握った。彼女からすれば、握手したくなるほど嬉しかったのだろう。ルマは照れくささか、顔を赤らめてそっぽを向いた。しかし手は離さなかった。
「また、機会があればもってくるよ。」
[え、本当に…!?]
リウはその言葉をきいて、とても目を輝かせた。余程気に入ったのだろう。
「お前も歩くことができたらなあ…。」
ルマは独り言のように、ボソッと呟いた。リウはそれをきいて、少し悲しげな顔をした。歩けることでどのような利点があるかを考えれば当然の反応であろう。彼女は文字を紙に記し、ルマに無表情で見せた。
『わたしって、あるけるようになるのかな?二どとあるけないのかな?』
この文字は、ルマの心を少し刺した。彼女の希望と共に、なにか悲痛な叫び、訴えも催しているように捉えられるのが所以か。
「きっと、いつか歩けるようになるさ。」
と、ルマは悪魔の証明のような根拠もない返事をした。リウは純粋さ故か、それをきいてとても嬉しそうな、安堵したような表情を浮かべている。ルマはさっきのことも相まって心が痛くなった。
「ごめん、ちょっと今日は帰るわ。」
そういうルマに、少しリウは悲しそうな顔を見せた。もっと話したいという気持ちは、お互いに共通であろう。ルマは自身の罪悪感から、終始リウと視線を合わさずに、病室を出た。リウはそんな彼が出て行くまでずっと手を振っていた。
to be continued