「…。リウ、今どう?」
朝早くから、ルマの声が病室に響き渡った。カラオケボックスほどの防音効果はあるまいが、その声はリウにしか届かない。いや、その声は現在、リウにすら届いているかどうか怪しい。
『ちょっとやってみるね。』
どうやらリウには届いていたようだ。リウは、足を動かした。
「…。」
少し前まで、彼女の足は機能していなかった。しかし、今は違った。
「…ちゃんと動くようになったな。」
ぎこちなさがまったくないといったら嘘になる。しかし、彼女の足はもう普通に機能しているといってもまったく過言ではなかった。リウは、必死さを醸し出して足を動かしている。同時に、彼女は笑顔だった。その姿を、彼女の姿を、ルマはどれほど待ち望んだことであろうか。リウは、すぐさま紙に文字を書きはじめ、ルマに紙を見せた。
『なんて言ったらいいんだろう。感しゃしてもしきれないよ。』
リウは、照れ隠しなどせず、真っ向な笑顔を見せていた。
「そうだ、お前立ってみろよ。」
ルマは、思い出したかのように発した。リウは、ベッドを手で抑えながら自立を試みた。少し転けそうになったが、立つだけなら、リウは一人でこなせた。さらに、リウは一人で歩こうとした。歩幅はかなりゆっくりであるが、自分一人の力で歩けるようになっていた。リウは、自分で驚いた表情を作っていた。ルマも同様だった。
「…頑張った甲斐があったよ。」
今日という日まで、ルマは毎日欠かさずリウのサポートをした。そして、ようやく今日、そのサポートが実を結んだのだ。二人が望んだシチュエーションである。リウは、そそくさと紙に文字をかきだし、ルマに見せた。
『夢じゃないよね。おとぎばなしでもないよね。私、本当に歩けるようになったんだよね。』
リウは、とても嬉しそうだった。そんな彼女への解法は一つだろう。
「ああ、夢でもないし、お伽噺でもないさ。お前は、本当に歩けるようになったんだよ。」
リウは、ルマの言葉をきいて微笑んだ。そして、一方的に両手でルマの手を握った。ルマも慣れたもので、驚きもしなかった。リウは、紙に文字を書き足した。
『嬉しいんだけど…。どうしたらいいんだろう。』
一方で、リウは現状に慣れていなかった。無理もないか。ルマは、そんなリウにこう答えた。
「まだ、完全に歩けるようになってるわけではないから、もう少し歩けるように頑張ってみたらどうかな。」
そう言われ、リウは自分で病室内を歩こうと試みた。時折転けそうになるが、一人で歩くには造作ない。ルマもリウも、なんだか安心した気分になった。
「いいじゃん。そのうち慣れるよ。」
リウはなんだかもっと歩きたい気分になった。はっと思い、リウは紙に急いで文字をかきたした。
『ねえ、私と今からでかけようよ。私の足でルマとどこか行ってみたいな。』
その紙を見て、ルマは微笑した。
「いいよ。今から行こうか。」
リウは、その返答をきいて、満面の笑みをつくった。二人は、病室を出た。
「あ、階段気をつけろよ。」
ルマの忠告が届いたのかは分からないが、リウは病院の階段で転ぶことはなかった。ルマが思ってるより速く進むリウを見て、心配なような微笑ましいような、複雑な気持ちになった。
「こけないように気をつけろよ…。」
そんなルマの忠告を気にせず、リウはあたりの風景を楽しんでいた。やはり、さっきの忠告も気にしていなかったのかもしれない。自身の力のみで歩いていることへの感動もさながら、やはり風景も見ていて楽しいのだろう。
「なんか、慣れてきた?」
歩き回っている影響か、リウの歩いていた時のぎこちなさもなくなっていった。リウは、ルマに会って以来最高の笑顔を見せていた。ルマも嬉しそうだった。
「よし、お前が行きたいところに行こうぜ。…あ、ちょ、リウ…!?」
リウは喜んで、ルマの手を引っ張って歩いていった。
to be continued