暴走しているエマを見て、ルマは言うまでもなく、リウも危機を感じた。このまま放っておいたら、間違いなく大変なことになると、本能的に呼応してるようだ。
「エマ、待って!」
リウが叫んだ。しかし、怒りで我を忘れているエマに、リウの悲痛な叫びが届くことはない。エマは、ルマに対して拳をふりあげる。リウは、さっきよりも大きな声で、語りかけた。
「エマ、私の話をきいて!」
ぴたっと、ふりあげられた拳がとまった。殺意が込められた冷酷な瞳はそのまま、顔がリウの方向に向いた。
「分かるよ、エマの気持ちは痛いほど分かるよ…!」リウは、所以はいずれにせよ、零れ落ちそうな涙を堪えながら、必死に叫ぶ。エマは、黙っている。
「話したよね…、私の過去のお話、病院の一室で、ただ一人、することもなにもなく、誰もおらず、過ごしていたってこと、話すことも、歩くことも、何もできなかった、すごい不便だった、当時はそれが当たり前だったから何も思わなかったけど今考えたら耐えられないそんな果てもない時間をただ一人で過ごすなんて、」
リウの熱弁は続く。
「そんな退屈な日々を助けてくれたのがルマ、私にとってははじめての友達で、すごい嬉しかった、毎日会いに来てくれるし、とても楽しかった、一番楽しかったのは」
とっさにルマが、アイコンタクトを送った。リウは、ぐちゃぐちゃにサイクルしてる思考回路を止まらせ、今一度振り返る。そして、話す内容をまとめ直した。その際、リウは、エマが拳を降ろして、感情を押し殺した目で自身が見つめられていることを認知した。
「ルマは、ほんとに優しくて、頼れる人なんだ。たしかに、さっきエマに失礼なことを言ったかもしれない。けど、ルマだって悪意を持っていったわけじゃないよ。そうだよね?」
ルマは、非常に小さく、うなずいた。エマの方を見つめながら。エマは、視線に気付いて一瞬振り返るが、表情を一切変えずに、またリウの方を見つめ直した。「だから…お願い。許してあげてほしいな。」
リウは、ほんの少しだけはにかんで見せた。
「…ごめんなさい。」
ルマも、エマにきこえる程度の小声で、つぶやいた。そこからは長かった。彼等彼女等にとって永遠と思えるほどの静寂が続いた。静寂が招く雰囲気は、人間の気を狂わせると言われる無音すら感じさせない程度に、美しいものである。そして、最初に、一人が、声をだした。
「…ごめんね。」
エマだった。無表情ではあるが、二人から見ても、取り繕っているものと判断するには容易であった。
「…。」
その際、エマの瞳から、一滴零れ落ちるのを、リウは見逃さなかった。リウは、どう顔向けしたらいいか分からなくなってしまい、この時ばかりはリウと対称位置にいるルマを羨ましく思えた。
「こんなところで怒っても何も変わらないのに…。」エマから零れ落ちるものは、次第に露骨になっていった。天気予報が外れたかのように、部屋の床に水滴が何度も落ちる。リウは、いたたまれない気持ちになった。
「ごめん、エマ。おれも、さっきたしかに酷いことを言ったよ。おれがもし、リウを失った時同じようなこと言われたら、怒ってると思う。」
エマは、口元だけが、少し笑顔になった。
「ううん。私こそ、大人げなかった。…あのね、ルマ。さっき私の話した過去の話は、続きがあるんだ。ちょっとだけ、話してもいいかな…?」
リウは、うなずこうとした。
「ちょっとまって。少し疲れたよね。お菓子食べようよ。」
そういうと、リウは、リュックの中からお菓子をとりだした。ビスケットに、船の絵が描かれたチョコがついている。そう、アルフォ
「よし、食べようぜ。」
リウは、ルマとエマに一つ小包を渡した。皆は開けて、口の中にいれた。
「うん、美味しいやっぱり。」
リウもルマもご満悦だ。ちなみに俺も好き。
「おい、俺って誰だ?」
口にいれているエマを、リウが見つめている。心配なのだろう。
「…どう、美味しい?」
リウは、問いかけた。そして、返ってきたのは…。
「…うん、すごく美味しい…!」
エマは、笑顔でそう答えた。リウは分かった。今回の笑顔は、けっして取り繕っているような偽りのものではなく、本当に純粋なものだと。涙を流していたなど微塵も感じさせない。そんな顔を見て、リウはとても嬉しくなった。
「よかった!」
さっきまでの雰囲気とはうってかわって、3人の空気はとてもよくなった。
続く