蒼天のソウラの共同二次創作になります。執筆者の
独自解釈などが含まれます。そういった関連の事が
苦手な方は注意が必要です。それでも良い方は進んでください。
ー本編ー
草を掻き分け、枝を払いながら進むこと小一時間。
森の中に、みすぼらしい木製の小屋を見つけることが出来た。
開いた扉の隙間から、素早く小屋の中へと滑り込む。
外の明るさとは相反して、灯り一つない小屋の中は
昼なお暗く、目が慣れるまでに数秒を要した。
そして、目が慣れるよりも早く。
ロスウィードは違和感に気付いて身構える。
鼻を衝くのは、小屋の中に漂う生臭さ。
海岸地域特有の、潮の香りや海産物が放つそれとは
異なり… 粘こく纏わりつくような、鉄分を含んだ生臭さ。
――血の匂い。
神経を研ぎ澄まし、全方位に意識を向けたままで
辺りの様子を確認すると、床や壁、そして天井にまで
べっとりと塗りたくられた…
いや、塗られているのではない。飛散し、
こびり付いた赤黒い液体。
無残に引き裂かれた衣服。散らかった武具の破片。
動物らしき骨の残骸と、乱暴に骨ごと齧り取られた
何かの身体の一部。
一瞬停滞した思考を、即座に回転させる。
衣服や武具は、行方不明となった村人や冒険者のものである
可能性が高い。動物の骨は、おおかた村の家畜や番犬だろう。
そして無造作に転がっている、犬にしては大きく思える肉片は………
「何処の誰だかは知らんが… 随分と“食事マナー”の悪いヤツだ」
小さな声でそう吐き捨てると、油断なく周囲を窺い…
自身の痕跡をなるべく残さぬよう、注意深く小屋を出た。
この世界に来る前も。この世界に降りた後も。
“死”にはそれなりに慣れたつもりだったが、
それでも先ほどのような形で目の当たりすれば、
決して気分の良いものではない。
小屋の外、聞こえて来るのは鳥や虫の鳴き声と、
吹き抜ける風に樹々の葉が擦れて立てる音。
少なくとも今、この瞬間には敵意や殺気の類は感じられない。
――思ったより面倒な案件だな…
ヴェリナードへの援軍要請が必要か。
…果たしてこの現状を村の人間や彼女に伝えるべきか――
ともあれ相手の正体が判らない以上、ここに留まって
あれこれ考えた挙句、あの惨状を作り出した者と単独で
鉢合わせることになるのは得策ではない。
また、村を訪れた目的の一つが調査である以上、
相手の正体や行動理由は明確にしておきたいし、
出来なければ軍上層部の人間に、自分を失脚させる為の
余計な口実を与えるだけだ。
手短に考えをまとめると、ロスウィードは
慎重かつ足早に、来た時とは別の方角を経由して
村へと戻る。
宿の夕食はどうか、魚料理でありますように。などと、
くだらないことを願いながら。
☆
宿の女将から紹介された一軒の民家。
それは、この村の語り部と称されるウェディの老婆の棲家だった。
齢は恐らく、村長よりも更に上。
寝ているのか起きているのか判らない、深い皺の刻まれた表情を
じぃっと眺めながら、痺れを切らしたアスカが思い切って口を開く。
「あ、あの! 宿の女将さんから、貴女が村の事に詳しいと聞いて
お伺いしたのですが…」
その呼び掛けに、老婆が小さく頷いた。
ヤシの幹をくり抜いて作られた茶器を、歳の為か
震える指で手繰り寄せ…注がれていた果物の茶を一口啜る。
「儂ぁ、生まれてこの方、この村にずぅっと暮らしておるが…
こんな奇怪なことは初めてでなぁ…」
彼女が言わんとすること。それはつまり…
「そんなわけじゃから… 今、村の中で起こっている
神隠しについては何も分からん」
きっぱりと言い切った老婆に、がっくりと肩を落としたアスカが
お礼を告げて民家を後にしようとして。
「じゃがな、お若いの。この村の伝承を一つ教えてやろう。
今回の騒ぎに何か関係しとるかも知れんし、全く関係ないかも知れん」
今は昔話に付き合うよりも、少しでも手掛かりになる情報が欲しい。
そう思いながらも、アスカの頭の片隅に“もしかしたら”という可能性が
顔を覗かせる。
「――わかりました、ご婦人。それでは、聞かせていただけますか?
その、村の伝承を」
少しだけ迷い、びっしりとメモが書かれた革の手帳をその場で開く。
老婆は、アスカの準備が整ったのを見届けると、
ゆったりとした口調で言葉を紡ぎ出した。
続く