蒼天のソウラの共同二次創作になります。執筆者の
独自解釈などが含まれます。そういった関連の事が
苦手な方は注意が必要です。それでも良い方は進んでください。
ー本編ー
「――わかりました、ご婦人。それでは、聞かせていただけますか?
その、村の伝承を」
少しだけ迷い、びっしりとメモが書かれた革の手帳をその場で開く。
老婆は、アスカの準備が整ったのを見届けると、ゆったりとした口調で
言葉を紡ぎ出した。
――遥か昔のこと
この村の近くにある深い深い森の奥には悪魔が棲み付いていた。
その悪魔は、とても陰湿で恐ろしい見た目に反して
力も魔力も弱く、時折村に近付いては村人に悪戯する程度のこと
しかしなかったという。
村人たちも、深い森に分け入ってまでそんな悪魔を討伐しようとも
思わなかったのだろう。
繰り返される悪戯にはやがて動じなくなり、村の中で
悪魔を見かければ追い払い、悔しそうに這う這うの体で
逃げ帰るその姿を、笑って見送るのが常となっていた。
そんなある日。いつものように性懲りもなくまた悪魔が現れた。
悪魔を見付けたのは牛の世話をしていた男。
彼は棍棒や鍬を持って悪魔を追い払おうと思ったが…
残念ながらその時手元にあったのは、牛から絞った乳を入れる桶のみ。
ならば一つ、今度はこちらが驚かせてやろうと、世話をしていた牛の中でも
とりわけ気性が荒い牛を選び、男は、悪魔に向けて雄牛をけしかけてみた。
いつもであれば慌てて逃げ帰る悪魔の背中を
笑い飛ばしてやるところだったが、その日はいつもと違っていた。
何の気紛れか、一度は逃げようとした悪魔がくるりと牛の方を向くと、
突進してきた雄牛をいとも容易く操ってしまったのだ。
それが、悲劇の始まりだった。
悪魔自身、他者を操ることの出来る力が自分にあるなどと、
思ってもみなかったのだろう。
最初は家畜を操り… 次に女子供を操り… そして最後には
屈強な海の男たちをも操ってみせた悪魔は、積年の恨みを晴らすように
村人同士を血みどろの殺戮へと駆り立て、小さな村を
恐怖と混乱に陥れたのだった。
誰もがこの悪魔に恐怖した。我が子は、妻は、夫は、兄弟は、
果たして本当に正常なのだろうか?と…
人前で安心して眠ることすら出来なくなった村人たちは、一人、
また一人と正気を失い、或いは悪魔に操られ、かつて平和だった村は
すっかりとその様相を変えてしまっていた。
そんな折、この悪魔の話を聞きつけ村を訪れた者がいた。
それは、アストルティアに広く名を響かせ、古の大魔王にすら引けを
取らぬ実力と噂される魔女。
彼女は村に着くや否や、全てを察していると言わんばかりの鮮やかな
手際で悪魔の力を封じ、頑丈な魔封じの壺へと瞬く間に封印してしまう。
悪魔を封印した壺を、深い森の更に奥深くにある小さな洞窟へと
運び入れ、決して誰も近付かぬよう村人たちに言い付けると、
魔女は村から去って行った。
「――かくして、村には再び平和が訪れた…と、いうわけじゃ」
話し終えると、すっかり温くなったお茶で喉を潤し…
老婆は“どうじゃった?”と、アスカの顔に視線を向ける。
「今のお話は、この村で実際にあったことなのでしょうか…?」
「どうじゃろうなぁ… 儂が子供の頃に婆様から聞いた話な上、
その婆様も子供の頃に聞いたとか言うとったからなぁ」
老婆の言葉が本当であるならば、一体どれほど昔から
この村に残されている伝承なのだろうか。
元来、神話や伝説、伝承といった類が好きなアスカ。
彼女の中に、調査とは別にもっと話を聞いてみたいという気持ちが
顔を覗かせたが、それをグッと堪えて手帳にペンを走らせる。
この老婆の祖母の、更に祖母となると、少なく見積もっても百年…
いや、下手をすれば二百年以上も昔から伝わる話しなのではないだろうか。
「…儂らが悪戯をするとな、『悪戯ばかりすると悪魔が来るぞ』…と、
この話をよぉ聞かされたもんじゃ。…ひょっとすると…この村に伝わる、
子供を躾ける為の作り話かもしれんのう」
真剣な面持ちでペンを動かすアスカに、何本か歯の抜けた口を開けて
老婆がカラカラと笑ってみせた。
「もし本当じゃったとしても… 悪さする悪魔を放り込んだ壺と、
それを収めた洞窟なぞ、村の誰も知らんじゃろうて」
語りを最後まで聞いて貰えたことが嬉しかったのか、上機嫌で
見送る老婆に改めて礼を告げて今度こそ民家を後にする。
続く