〜ヴァース大山林〜
その奥地。冒険者でもそこにはよほどの
用件かクエストがなければ踏み入れる事が無いエリア。
かつてはトロルのボス達による熾烈な覇権争いが
激化し、近くの街道を往来する冒険者や商隊キャラバンに
大きな被害が出た。そこで各国の討伐隊が腕利きの
冒険者を高額なクエストで雇入れ、送り込まれ
静かな大山林は一時期、喧騒が絶えない戦地と化した。
それから時が経った現在は、駆け込んできた冒険者に
恐れをなしたボス達がアストルティア各地へ散り散りになり、
ヴェリナード軍が調査と管理を行うのみで、
平穏が保たれる元の山林へと戻りつつある。
そんな大山林にある川辺に、小さなキャンプを開き
一人黙々と木刀を片手に、敵を模した木の人形に
攻撃を打っているアスカの姿があった。
「97!…98!…99!」
数を数えながら、最後となるひと振り、
木刀に小さな稲妻が走る。
「いなずま斬りッ!」
自身の力を込めた一撃は、鋭く振り下ろされ
木の人形を紙を斬るように真っ二つにした。
手応えを感じたアスカは、休憩を挟まずに
そのまま今度は浅い水辺へ入り、深呼吸をし
乱れた息を整えると、木刀に自分の指をなぞらせる。
すると刀身から、小さな風が巻き起こり、まとわりつく。
アスカはそれを強く振るうと、水が大きく飛沫をあげ
飛び散る。驚くことはなかったが、自分自身の力と宿した風の力…
それぞれが足し算のように合わさり、巻き起こしていると感じ取る。
「上手く出来た…それじゃ」
微笑むと、しばらく試すように木刀を振るい力を
自分の体に馴染ませていった。故郷の島に居た頃に
師匠から教わったこの”風の力”にアスカは慣れておらず、
それこそ重しでもなければ、力に振り回されてしまい、
上手く操る事がでなかった。
しかし強くなるためと、今度こそものにするために
師匠や周りの親しい人に相談して回った結果
”自分の足を水に浸け、風の力を振るう事で慣れる”
のが良いと言う答えに至り、山林で力を制御する
基礎鍛錬をしていた。
炎・氷・雷とこれまで3つの属性を扱ってきたアスカ。
しかし風だけは、どうしても上手に使うことが出来ず、
結局そのまま時は過ぎ、ちゃんと習得が出来ずに
島を旅立つ事になってしまった。
【強く放出して叩き込む”炎”】
【形作り、維持し続ける”氷”】
【駆け抜けるように真っ直ぐな”雷”】
どれも会得するまでには難しく、時間がかかったものの
手にする事が出来た。しかし”風”だけはどんなに時間をかけても
何も感覚が掴めずじまいで、習得に至らなかった。
師匠いわく先の3つの属性と合わせて扱う素養があるものの
アスカ自身の性格が、習得難易度を大きく跳ね上げてるそうで
習得のキーは”本人がその性質をみつけられるか?”だった。
「今の私になら…何か見える気がする」
今まで風の力を乗せる事が出来ても、技や別の要素に
昇華できなかった。だからこそ鍛錬をし続け、いつか
扱える事を目標にしていた。
島を旅立ち、ヴェリナード軍に入隊し苦難を超え
その中で出会ったものやその行動、全てが自分を
ひとつ…ふたつと違う領域へと導いていったと確信していた。
扱いが難しいと感じていたものも、それが自分に備わる
素養なら、必ず…
「扱える!」
槍の要領で、鋭く突き出した木刀はアスカの力と
風の力の作用で川の水を真っ直ぐ大きく巻き上げ、
その先にあった滝の中央に大きな穴を作った。
「で、で………出来たぁ!」
確かに掴んだ感触。風の力が持つの性質。
それを少しながら理解した。アスカの中の答えはこうだった。
「”流れに任せ静かに…でも時に力強く振える”のが…風!」
☆
それからしばらく後の事。冒険者の間で噂としてこんなものが流れた。
【ヴァース大山林の奥地には恐ろしい剣魔が住んでおり、
近づく者は等しく命が無い】
【奥地を彷徨っていたキラーマシンがほぼ全て消えていたのは、
封印された化け物が暴れたから】
【大山林の奥に大きな剣を使い、木々を倒して暴れる巨人が住んでいる】
「……と、言う噂が冒険者の間で流れているようだが、
アスカ…これはお前じゃないな?」
ロスウィードは届けられた報告書を読み上げながらチラリと、
隣で書類を仕分けるアスカを見る。一瞬ビクッとしたが、すぐに
「し、知りません…」
と、答えた。身も蓋もない噂話に過ぎないが、
見過ごす事が出来ないものだったため軍は大山林に
調査団を派遣した。調査の結果は、化け物や亡霊の存在も
確認されず、むしろ人為的な痕跡が多かったという結果だった。
そして、噂もまた知らない間に風化していったのだった。
果たして…大山林の剣魔とは?巨人とはなんだったのだろうか?
〜おしまい〜