「ぐっ……おおっ……」
闇芸人ルルルリーチが膝を着く。
もう一撃で、その命は尽きるだろう。
「フォッフォッフォ……さすがです。
さすがですよ旅芸人。
あなたほどのチカラを持つ旅芸人ならば、
私以上の闇芸人になれるのではと期待していましたが……
しかしあなたは光をまとった。
もう手遅れですね。
闇が光に勝てないのは、道理というもの……」
「ルルルリーチ……?」
なぜ。
なぜこいつは、そんな諦めたようなことを言う?
たしかに、ルルルリーチはレベル50にも満たない旅芸人には強敵だった。
けれど今の旅芸人なら、実力で簡単に押し切ることができる。
僕が闇に飲まれる前、氷結らんげきでも面白いように削れ――
「えっ……?
どういう、ことだ……?」
僕はその瞬間、気づいた。
氷結らんげきは、一撃あたり300を超えていた。
覚醒状態のバギクロスは、600近いダメージを与えた。
……それは、少しだけ、かみ合わないのだ。
ダメージが、“予想よりも大きかった”。
「まさか、ルルルリーチ。
お前の弱点属性は……氷と、風なのか?」
「…………。」
ルルルリーチは、氷と風に弱い?
こいつは自分でヒャダルコやバギクロスを使う。
それは旅芸人が使える呪文だ。
自分が使う属性攻撃には耐性がある魔物は多い。
そうでなくても弱点と言うことはないだろう。
なのに、ルルルリーチは……
他ならない“旅芸人の使う呪文”に弱い!!
「どうしてだルルルリーチ。
どうしてお前は……!
まさか……」
「お前は、旅芸人に倒されたかったのか?」
「…………。」
その理由を、僕はひとつしか思いつかなかった。
罰せられたかったのだ。
他ならぬ、旅芸人に。
それはなぜ?
「後悔、してるのか?
闇芸人になったことを……」
「いいえ、後悔はしていませんよ。
闇芸人こそが私の天職だったのです」
「ならゲイザーを悪魔道化師にしたことか?」
「いいえ、あれはゲイザーが望んだこと。
それもまた、後悔はしていません」
「旅芸人たちを殺したことか?」
「いいえ、力ない冒険者が魔物に倒されるのは世の常。
魔物である私が、それを後悔はしません」
「だったら……」
まさか。
もしかすると、こいつは。
「お前は、自分の師匠を殺してしまったことを……
後悔、しているのか?」
「………………。」
ルルルリーチは、静かに目を閉じた。
まるで、祈りを捧げるように。
懺悔をするかのように。
「それも……、もう忘れてしまいましたよ」
「……お前は、本当に自分の師匠を、殺すつもりだったのか?
もしかすると……」
ルルルリーチは首を振った。
「いいえ。私は師匠をこの手にかけました。
今でもこの手に、その感触が残っています……。
それだけが、事実なのです……」
想像にすぎない。
だけど、思ってしまった。
ルルルリーチは、自分の芸に思い悩み、師匠と口論になって――
人間に芸が受け入れられなくて。
そして自分の師匠を殺してしまい。
弟弟子と戦って、傷つけ……そして。
最後には、旅芸人そのものを憎むようになってしまった。
だから。
ルルルリーチは“闇芸人”として選ばれたのだ。
旅芸人に対する絶望を、アストルティアに現す器として。
「ほんの少しだけ……何かが違っていたら……」
「もう過ぎたことですよ……。
この戦いは旅芸人の勝ちだ。
さあ、旅芸人ホーリン。
私を殺し、旅芸人たちにひと時の平和を与えて差し上げなさい」
「ルルルリーチ……」
なら。
こいつへのとどめは、この特技しかない。
「……安らかに眠れ」
「闇芸人の根源。
いま、その絶望に光を――」
「――“黄泉送り”!!」
宝珠によって極限まで強化された浄化のチカラ。
棍のスキル22ポイントで取得できる最初の攻撃特技。
ゾンビ系ではない闇芸人には、大した効果はない。
それでも。
「――届け! 闇芸人っ……!」
その時たしかに、ルルルリーチの鳴き声とともに。
どこか遠くから、悲鳴が聞こえた。
「ああ……これで私もようやく……。
次に生まれ変わったら……
もう一度、あの子たちを……笑わせて……差し上げ……」
ルルルリーチは目を閉じ。
やがてゆっくりと魔障に帰り。
光に溶けて消えた。
「ルルルリーチ……」
ニセモノの世界で、闇芸人として振る舞っていた頃。
僕は彼の口調を真似て暮らしていたのだ。
彼はきっと……僕にとって、もう1人の師匠だった。
(第20話に続く)