※ 注意!
【 この日誌はバージョン4のメインストーリーにおける 『 重大なネタバレ 』 を含んでいます 】
【 この日誌には妄想、憶測、推論が含まれております。 広い心でお読み下さい 】
よろしいですか?
ちょっと思い出したことがあるので補足します。
【 ドミネウスの父と伯父 】
ドミネウスが生まれたエテーネ王国歴687年当時のエテーネ王は、父ルザイオスではなくその兄ミレルドでした。
つまり、ドミネウスは生まれた時点では王位継承の可能性はかなり低かったのです。
ところがミレルド王は王国歴692年、31歳の時に突然弟ルザイオスに王位を譲っています。
ミレルドはその後64歳まで生きているので謀殺されたわけではなく、無理矢理譲位を迫られたわけでもなさそうです。
推測ですが、ミレルドの異名が 「 芸術王 」 とあることから芸術に没頭したいという極めて個人的な理由で王位を投げ出したのかもしれません。
この時ドミネウスは5歳。
わけもわからず第一王子となった幼子にとって、周囲が寄せる過剰な期待は相当な重圧だったことと思います。
その期待に応えたいという思いと、生まれつき時渡りのチカラが弱いというコンプレックスがドミネウスの人格形成に歪みを生じたのではないでしょうか。
また、すでにこの時キュロノスの策謀が巡らされており、ミレルドの退位にもキュロノスの意思が働いていたのだと考えられます。
キュロノスとしてはドミネウスの息子クオードが2000年後のウルベア地下帝国に時渡りをし、宰相グルヤンラシュとなってウルベア大魔神(地脈の結晶)を創って貰わなければならなかったのですから。