拝啓 お父様お母様
今から書くお手紙は、おふたりへの何通目のお手紙になるでしょうか。
もしかしたらこの手紙が、はぐが書く最後の一通になるかもしれません。
サルバリータからレッスンを受けてから数日後、
はぐの家の前に、お城からの使いの馬車がやってきました。
ラグアス王子様が、この前はぐの家で踊りをごらんになったお礼に
はぐのことをお城に招待してくださるということでした。
はぐは驚きのあまり声が出ませんでしたが、お城の従者様は、はぐを優しく馬車に乗り入れてくださいました。
その馬車はピンク色で、ほのかに甘い香りがしました。
はぐはすぐに、この馬車がただの馬車でないことに気が付きました。
かつてアルウェ王妃様が寵愛になり、そして王妃様が亡くなられてからは
誰も乗る方がいなくなった王室直轄の馬車でした。
はぐは緊張のあまり、かちこちくるみのように身体が固くなりました。
馬車はメギストリス城へとゆっくりと進みましたが、はぐには窓の外の風景を見るゆとりもありませんでした。
お城の中で、何人もの執事様が代わる代わる、はぐに着替えをさせ、髪を結い、顔にお化粧を施してくださいました。最後に鏡を見せていただきましたが、そこに映る顔立ちはまるで自分のものではなく、初めて会う見知らぬ方のようでした。
そのときのはぐの表情を見たら、お父様もお母様もあきれてしまうかもしれません。
ほどなく、はぐは来賓席に通されました。
そこにラグアス王子様がいらっしゃいました。
はぐは沢山のおいしいお料理や、高貴な方からのお話を賜りましたが、
申し訳ないことに夢現の心地で記憶には残りませんでした。
ただ、ラグアス王子様のお顔だけは、はぐの席からずいぶんと離れにいらっしゃいましたが、はっきりと思い浮かべることができます。
優しそうな瞳の奥に、抱えきれない哀しみを隠して
それでも笑顔で振る舞うお顔を、どうして忘れることなどできましょう。
会も終わりに近づき、どなたかがはぐの舞いを見たいとおっしゃいました。
はぐに心の迷いはありませんでした。
広間の中央に通され、はぐはゆっくりと深呼吸しました。
見ていてください。はぐは心の中で囁きました。
腕をしなやかに上げ、腰を軽く振り、脚は小刻みに前へ。
手のひらは光を帯びた雷光を表現し、星呼びの歌とともに暗闇を引き裂く。
裂いた闇を身体に這わせ、光の担い手を際立たせる。
見ていてくださいますか。サルバリータ・・・
はぐは長くそして短い刻を終え、最後に静かに王子様のいる方へと
かしずきました。
広間は割れんばかりの喝采に包まれました。
聞こえますか、サルバリータ。
あなたの舞踏はこんなにも皆を感動させています。
はぐは呼吸を整えようと膝をつきました。
いくら練習したとはいえサルバリータの舞が完璧にできるはずなどないのです。
精根果てたはぐの肩に、そっと手が添えられました。
ああ、ラグアス王子様・・・
王子様ははぐに言いました。
こんなに感動したのはいつ以来でしょうか。
母を亡くした時から、私は心から楽しんだことなどありません。
哀しみや苦しみを両手いっぱいにかかえていました。
ですが今日、貴女に逢い、貴女の舞を見ていた私は、
哀しみも苦しさも全部手放して、貴女に心からの拍手を贈ることができました。
どうも、ありがとう。
王子様ははぐに微笑んでくださいました。
今まで見たことのない安らぎに満ちたお顔で・・
ああ、お父様 お母様。
ノートに書いた願いが今日、3つとも叶いました。
以前お手紙に書いた通り
1つ目はラグアス王子様にお逢いしたい。
2つ目はサルバリータの舞踊がもう一度、喝采を浴びますように。
そして最後のひとつは・・・
ラグアス王子様がいつまでも笑顔でいれますように・・・
お父様お母様、2つ目のお願いを書いたすぐ後に
はぐは3つ目のお願いも書いてしまいました。
だってはぐは、1つ目のお願いだけでもう充分だったから、
後の2つは誰かのために使いたかったのです。
アルウェ王妃様のように。
お父様もお母様
はぐのことをお赦しください。
はぐは最期まで、わるい娘でした。
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