(まずは第0話から読んで下さい。)
始めてみるとバイオリンは難しく、つまづくと途端にやる気をなくしたりしたが
そんな時は先生は無理にレッスンをせず、紅茶を出してくれたり、
小さなイタリア語講座(ロッソは赤、ヴェルデは緑とか、トトカルチョはサッカー賭博とか)を開いたり、
どんな音楽が好きかの話で盛り上がったりした。
そんな会話が長く続くと、自分が大人の女性と対等に話せてるんだ、という
なんとも勝手な自信がついてきたりした。
それで律儀に次のレッスンにDQ1のサントラを持って行くと
先生は「序曲」をわざと情熱あふれる演奏家のように弾いて笑わせてくれた。
次の「ラダトーム城」では、同じモチーフが高音パートにも低音パートにも使われていることを解説してくれた。
それまでベースといえばベースらしいフレーズ、と思い込んでいた僕にはとても衝撃な、
例えるなら今まで寝ていたベッドが実はエルダードラゴンの背中の上にあった
とでもいうような驚きの理だった。
それからはレッスンの半分以上は、その「対位法」を始めとした作曲の話や、
聴いたことのない音楽と出会わせてくれたり、教室のピアノを使った和音の響きの探求など、
あらゆる音楽の美しさで占められた。
教室の家の門をくぐれば、美しいミューズ(音楽の神)がいて、
レッスン室のドアを開ければ、音楽の泉が蜜となって僕を包んだ。
これで虜にならないわけがないだろう。
僕は先生に好きだと伝えようと思った。
今思えば、その後のことも先生がどう思うかもまるで考えてなかったし、
それで何かが起きるとか関係が変わるなんて思いもしなかった。
ただ誰かに話を聞いてもらうとスッキリする、自分を満足させたい、そんな無自覚の欲求からだった。
しかし崇高なミューズには音楽を捧げなければならぬ。
当時の純真でかっこつけたがりの僕は、捧げるべき音楽と、伝える言葉を何にするか
小さな限りある頭を大いに悩ませていた。
それで何かが起きるとか思いもしなかった。
それで何かが起きるとか思いもしなかった。
それで何かが起きるとか思いもしなかった。
そ れ で 何 か が 起 き る と か 思 い も し な か っ た。
大事なことなので5回言いました。
いや、一度たりとも言いたくなかった。
(第3話へ続く)