(まずは第0話から読んで下さい。)
自分の心がどれだけ置き去りにされようと、時間と学校の行事はきまじめに僕に訪れ続けた。
バッハは兄弟や多くの実子の死を乗り越えて重いしらべを響かせたが
その音楽も僕の心を救うことはなかった。
何も語らない時間だけが僕を癒した。
ようやく周りの景色が見えるようになってきた僕は、
離れていたドラクエにも手を出すことにした。
ここでようやく出会ったDQ5は、発売されてから何年か経っていて、
プレイしている人は周りにはいなかった。
でもそれぐらいの方が静かに遊べていいのだ。
映画やゲームを始める時、事前情報は一切見ないというのが
今でも僕のスタイルとなっている。
だからカセットをスーパーファミコンに差し込む時になってようやく気付いた。
このヒロインの金髪と緑の服は、かつての教室で見慣れたレモン絵皿の色だ。
そしてヒロインの名前はビアンカで、それがイタリア語で「白」を意味するのだと
教わったことも思い出していた。
思わず手が止まってしまったが、美化された思い出がキラキラと呼びかける。
せめて物語の中ぐらいは…思い出に浸ってもいいだろう。
ヒロインの名前変えられないようなので、僕は主人公にキアラと名付けた。
やがて画面に現れたレモン色と緑のビアンカは、小学生ぐらいの年齢で、
自分より2歳上の幼馴染だった。何より、僕が先生にバカなことをしてしまった頃より
前の年齢なのが救いだった。僕は当然ビアンカに先生を投影させていた。
親の都合で離れることになっても、それは穏やかな別れなのにホッとする。
そして再開した時には、フローラとの結婚騒ぎに巻き込まれているところだった。
ビアンカが先生と違っていたのは、ビアンカが主人公の旅のために恋敵を助けようとするのに対し、
先生は色んなものを捨て彼の元へ向かったことだ…。
ともかく物語の中で、僕の叶うはずのないあらゆる欲は満たされた。
僕の中の歴史では、ビアンカvsフローラ戦争は起きなかった。
あったのは、禁断の夢の中で、DQ5の世界よりも遠い国に宛てた一人だけの誓の儀式だけだった。
恋敵を応援したビアンカは良い人すぎるだろうか。
いや、その気持ちに嘘はないだろうし、山奥に一人残された場合の気持ちもわかってしまった。
僕にできることはもう無い。あるとすれば小さな発信を-
男のキャラと、あとはツイッターのIDにキアラと名付けることで、
ネットの海に放たれたボトルメールのようにいつか先生の目に留まるかもしれない。
もしそんな霞の向こうの奇跡を掴むことができたら、その時は先生に教えて欲しい。
幸せでいますか?
(終)
読了ありがとうございます!
次回はやっとバトン本編に戻ります。