午後8時20分。ジュレットの街は、深い藍色の帳に包まれていた。普段ならば、冒険者たちの賑やかな声が響き渡り、様々なスキルのエフェクトが夜空を彩るはずのこの場所は、今日、異様な静寂に包まれている。まるで、東京の渋谷や歌舞伎町から、突然人っ子一人消え失せたかのような、途方もない空っぽさだった。
私は白いドレスを身にまとい、波打ち際に続く石畳の上に立っていた。足元には、相棒の小さなラディが、ちょこんと座り込んでいる。普段なら、通り過ぎる他のプレイヤーに声をかけたり、フレンドリストの誰かを誘ってみたりするところだ。しかし、この瞬間、その衝動さえもどこかに消えていた。誰もいない。本当に、誰も。
唯一、この静寂を破るのは、絶え間なく繰り返される潮騒の音だけだ。「ザザ……ザザ……」と、波が打ち寄せる音が、私の耳元で物悲しく響く。この音は、いつもは賑やかな音に紛れて意識されることもなかったのに、今はその一音一音が、寂しさとなって私の心に染み渡るようだった。
鼻腔をくすぐる潮の香りは、普段は活気の裏に隠れていただろうに、今はやけに強く感じられる。ひんやりとした夜風が肌を撫で、白銀のドレスの裾をかすめる。足裏から伝わる石畳の冷たさが、この世界の現実感を否応なく突きつけてくる。
漆黒の空には、星がまばらに瞬いている。遠くに見える桟橋のランプが、ぼんやりと水面を照らしていた。そこに停泊する船も、ただ静かに揺れているだけで、人の気配は一切ない。かつて、ここで交わされたであろう笑い声や、喜びの叫びが、幻のように頭の中をよぎる。しかし、それらは皆、潮騒にかき消され、存在しないかのようだった。
この静けさは、安らぎというよりは、むしろ深い寂寥感を連れてくる。かつてそこにあった喧騒を、心の奥底で惜しむような、そんな寂しさだ。隣にいるラディが、時折「きゅるる」と小さな音を立てる。その音さえ、この広すぎる空間ではかき消されそうになり、かえって私の孤独を際立たせるようだった。まるで、自分だけが時の中に置き去りにされたかのようだ。
潮騒は、まるで私の心の中の寂しさを乗せて、遥か彼方へと運んでいく。この静かで、しかし深い孤独の中で、私はただ、夜の帳が降りたジュレットの海を、見つめ続けていた。