異界の旅人の困惑
「トイレはドラクエの世界観にはない」。
その言葉が、耳の奥で何度も反響した。2025年7月8日、『超ドラゴンクエストXTV #53』の「超モンスターバトルロード特集!」。スタジオは笑顔と拍手に包まれ、画面の向こうからは軽快なトークが続いていた。だが、その和やかな空気とは裏腹に、私の心には冷たい波紋が広がっていた。
ショックだった。あまりにもあっさりと、その一言は言い放たれたからだ。
ドラクエの世界にトイレがない?
思考はそこから離れられなくなった。私の知っているあの世界には、確かに生活があったはずだ。村人たちは畑を耕し、肉を吊るし、パンを焼き、夕暮れには食卓を囲む。宿屋で旅の疲れを癒し、教会で祈りを捧げ、焚き火のそばで仲間と語らう。ドワーフの家には作業台があり、街のキッチンには鍋や食器が整然と並ぶ。温泉や水浴び場もあった。食べ、働き、眠り、そしてくつろぐ。その営みの中で、なぜ「出す」という行為だけが存在していないのだろう。
生命あるものは、摂取し、排出する。そのサイクルがあってこそ「生きている」と言えるのではないか。人間だけじゃない。スライムは、液体を排出するのだろうか。ゴーレムは、身体のどこからか砂や石くずを落とすのかもしれない。想像すればするほど、疑問は深まっていった。
ドラクエの世界が、単なる記号の集合体ではなく、人間や魔物たちの息遣いが感じられる空間だからこそ、私たちはその中で感情を動かし、喜びや悲しみを共有できる。なのに、もしそこにトイレが存在しないのだとしたら、その世界はどこか不完全で、どこか無機質に思えてしまう。
私はコントローラーを握り直した。冒険者たちは、果てしない旅の途中で、どこで用を足しているのだろう。フィールドの茂みか、洞窟の暗がりか。それとも、描かれないだけで、実は町のどこかにあるのだろうか。
「本当に、みんな納得してるのかな……?」
ふと、そんな疑問が口をついた。画面の向こうのプレイヤーたちも、きっと同じように戸惑っているに違いない。キッチンやお風呂はあっても、トイレだけが「世界観に合わない」という理由で存在しない? その矛盾に、私の中のドラクエ像は静かに揺らぎ始めた。
私の冒険は今、魔王を倒すことよりも先に、もう一つの異世界の扉を開いてしまったのかもしれない――「排泄のない世界」という深淵への、旅が始まってしまったのだ。