「……あ、上がっちゃった」
使い古されたゲームコントローラーのボタンを押し込み、画面の端に踊る「LEVEL UP!」の文字を眺める。私の分身であるレンジャーのレベルは、これで136から138になった。
部屋の中は、冬特有の少し湿った冷気と、長時間稼働しているPCの排熱が混じり合った、なんとも言えない停滞した匂いがしている。窓の外は見なくてもわかる。きっと昨日と同じ、代わり映えのしない夜が広がっているはずだ。
「経験値の通帳……本当に、残酷な発明だよね」
私は乾いた唇をなめて、独り言をこぼした。かつては、レベルを一つ上げるのにも、強敵と死闘を繰り広げ、手に汗握りながらコマンドを選んでいたはずだった。けれど今はどうだろう。ログアウトしている間に、この「通帳」が勝手に経験値を貯めてくれる。私が眠っている間も、誰かと世間話をしているふりをしている間も、私のレンジャーは勝手に強く、いや、「高くなって」いくのだ。
指先で触れるボタンのプラスチックな感触が、妙に冷たく感じる。画面の中の彼女は、伝説の装備に身を包み、どんな魔物も一蹴するステータスを手にしている。けれど、それを操る私の指は、ボスのギミック一つまともに避けられないほどに鈍いままだ。
「中身が追いつかないまま、器だけが大きくなっていくんだ」
ふと、自分の姿が鏡に映ったような気がして、画面の反射から目を逸らした。
世間ではこれを「子供部屋おばさん」なんて言葉で括るのだろうか。経験値だけが積み上がり、実年齢という数字だけが加算され、その実、中身はあの頃の幼いまま。プレイヤースキルという名の「生きる術」を何一つ身につけないまま、ただ年月の重みにだけ押しつぶされそうになっている。
胸の奥が、ちりりと焼けるように痛む。それは後悔というよりは、もっと粘り気のある、諦念に近い感情だ。
画面の中のレンジャーが、手持ち無沙汰に武器を構え直す。彼女の鋭い眼差しが、「ねえ、次はどこへ行くの?」と問いかけてきているようで、私は思わずマウスを握る手に力を込めた。
「……いいじゃない。これでも、生きてるんだから」
私は自分に言い聞かせるように、深く、重い吐息をついた。
たとえ中身がスカスカの、経験値通帳が作り上げたハリボテの強さだとしても。レベル138という数字が、私の空虚な時間の唯一の証明なのだとしたら、それを抱きしめて夜を越えるしかないのだ。
コントローラーのモーターが、微かに震える。その小さな振動だけが、今の私に許された唯一の「確かな鼓動」だった。

おはようございます。
幸せを感じる心を育むことができますように。