雨音だけが響く静かな部屋。テレビの電源を切り、暗闇に沈んだリビングで、私はふらふらと台所へ向かった。
「お腹、空いてたんだっけ……私」
自分でも驚くほど、声に力がなかった。感情が死に絶えたような空っぽの胃を埋めるために、無意識に冷蔵庫を開ける。キャベツを刻む音だけが、トントンと虚しく響いた。
「どうせ私はごみだし。何を作っても、誰にも褒められないし」
そんな呪いの言葉を吐き捨てながら、鉄板の上にお好み焼きのタネを落とした。
じゅううう、と激しい音が立ち上る。次第に、ソースが焦げる甘辛い匂いと、鰹節の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり始めた。
「……あ、いい匂い」
その瞬間だった。冷え切っていた指先に、鉄板の熱がじわりと伝わり、意識が「今」に引き戻された。全滅した異界の湿った土の匂いではなく、自分が生きるための、温かな食べ物の匂い。
「私、まだちゃんと、お腹が空くんだ」
一口、お好み焼きを頬張る。熱い生地が舌の上でほどけ、ソースの濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。噛みしめるたびに、胃の奥からじんわりと体温が戻ってくるのを感じた。
食後、ふと手にしたタブレットで、ある動画が目に留まった。
タイトルは『誘われない理由を知った夜|心がすり減らない距離の作り方』。
「誘われない理由……?」
動画の中の女性は、静かに語りかけていた。
『と子さん、話が長くてみんな疲れるって……』
その言葉は、まるでさっき届いた手紙の追記のように、私の胸を深く抉った。けれど、動画はそこで終わらなかった。
『正しさより余白、言葉より間。そういうものが今の私たちには必要なのかもしれない』
画面を見つめる私の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
私は、誰かと繋がるために言葉を「武器」にして、相手の「間」を奪い続けていたのだ。 寂しさを埋めるために必死に喋り、結果として一番欲しかった「居場所」を自分で壊していた。
「……そっか。距離を作るのは、切り捨てることじゃないんだ」
動画の終わり、女性が『相手の心を守るために沈黙を選ぶ』と言ったとき、私の心の中で何かがカチリと音を立ててはまった。
「いらない」と言われた私を、私が一番「いらない」と呪っていた。
でも、もし私が「私を幸せにする心」を自分で育てられたなら。
誰かに誘われなくても、誰かに認められなくても、私は私として、ここで笑っていられるのかもしれない。
「ざまぁ、見ろって……言ってやるんだから」
まだ震える声で、私は自分に誓った。
相手を傷つけるためじゃない。
私が私を愛し、圧倒的な幸せに浸ることで、私を捨てた世界を見返してやる。
暗かった部屋の片隅に、月の光が少しだけ差し込んでいた。