「ねえ、見てよこれ! 旅人バザーの履歴、真っ赤だよ!」
みるくは、手元の冒険者ログをバシバシと叩きながら、誰もいない自宅の窓に向かって叫んだ。外はまだ薄暗いアストルティアの夜明け前。冷えた空気が頬を刺すが、みるくの頭の中は、並んだ「売れた!」の文字の熱気で沸騰している。
「スパイクバイザー、スパイクアーマー上、下、グローブ、ブーツ……全部★★★! セーラさんにリアさん、のあさん、それに、よるみやさん。みんなまとめ買いしてくれたんだ。あぁ、職人冥利に尽きるなぁ……」
一文字ずつ指でなぞる。一品76,000ゴールド。それが40個近く。頭の中のそろばんが、パチパチと景気のいい音を立てる。
「ふふ、これでもう大富豪の仲間入りかも……」
期待に胸を膨らませ、みるくは震える手で銀行の通帳を開いた。数字を読み上げようとして、声が喉に張り付いた。
「……え? 93,242,412ゴールド?」
みるくは目をこすり、もう一度見た。昨日の残高は、たしか93,990,465ゴールドだったはずだ。
「減ってる……。増えるどころか、70万ゴールド以上減ってるじゃない!」
足元から血の気が引いていく。職人の街・ガタラの工房で浴びた火花の熱さ、ハンマーを振るい続けた腕の鈍痛、会心のてごたえに震えた指先。あの苦労は何だったのか。売れたはずの代金はどこへ消えた?
みるくは、その場にへたり込んだ。床から伝わる冷気が、今の絶望を助長する。
「どうして……? こんなに売れてるのに。あんなに喜んでもらえたのに。神様、これは何の呪いなの?」
冷たい金貨の感触を思い出しながら、みるくはログを凝視した。
一品8万ゴールドで出品し、手数料を引かれて手元に残るのが7万6千ゴールド。40個売れれば300万ゴールド以上の利益のはず。なのに、なぜ。
「……あ。素材だ。」
ふと、昨日バザーで買い漁った「幻獣の皮」や「まほうの鉄鉱石」の相場が頭をよぎった。出品するために、最新の素材を、湯水のように注ぎ込んだ。叩き直すための集中力が足りず、料理を食べ、汗を流しながら職人道具を新調した。
「一品作るのに、売値よりお金がかかってた……?」
自分の計算の甘さが、冷や汗となって背中を伝う。みるくは窓の外を見上げた。空が白み始め、また新しい一日が始まる。
「売れれば売れるほど、赤字……。私、世界一お人好しの職人になっちゃったかも。」
みるくは自嘲気味に笑い、空っぽの財布を握りしめた。けれど、よるみやさん達が喜んでスパイク装備に身を包んでいる姿を想像すると、少しだけ、胸の奥が温かくなった。
「よし。次は……次は原価計算からやり直しだ!」
彼女の瞳に、再び職人の火が灯る。アストルティアの朝焼けが、切なくも美しい赤色で彼女の顔を照らしていた。
所持金+銀行
: 93,990,465 G