森の奥、赤い灯晶に囲まれた小さな書庫。
夜になるとだけ、そこは静かに息をする。
緑の髪の小さな司書は、今日も椅子に座り、本をひらく。
けれどその本には、物語は書いていない。
白紙だ。
ぱらり、とページをめくるたび、灯りがゆらめく。
その揺れに合わせて、文字が浮かび上がる。
それはきみの言葉にならなかった言葉。
「だいじょうぶ」
「平気だよ」
「気にしてない」
その裏に沈んだ、小さな本音。
司書はそっと読む。
声には出さない。
ただ、読む。
ふと。
背後で、灯晶が一つ、強く揺れた。

司書は、ゆっくり振り向く。
本棚のあいだに落ちていた影が、
静かにほどけている。
そこには、無数の小さな光が灯っていた。
それは星ではない。
読まれた“きみの痛み”が、
光に変わった姿。

「ひとりじゃないよ」
その言葉と同時に、本の文字がほどけていく。 消えたのではない。
形を変えただけ。
遠い夜空で、星がいくつも瞬く。
その光は、森を抜け、きみのいる場所まで届く。
なぜか胸があたたかい。
理由はわからない。
でも、さっきより呼吸が楽だ。
振り向いた司書の瞳は、もう驚いていない。
そこにあるのは…確信。
読むことは、救うこと。
受け止めることは、灯すこと。
灯りの奥で、きみを読む。
そして読むたびに、
世界は少し明るくなる。
今夜、きみが空を見上げたなら、
きっと気づく。
あの星のひとつは、 きみが生き抜いた証だと。
そして今夜も書庫は閉じる。
また誰かが、そっと読まれるその時まで。