森の奥。
赤い灯晶に囲まれた書庫は、今夜もひそやかに呼吸している。
司書はいつもの椅子に座り、白紙の本をひらいた。
これまで、そこに浮かぶのは“誰か”の言葉だった。
読まれなかった痛み。
置き去りにされた声。
けれど今夜は違う。
ページが、ゆっくりと光る。
滲むように、文字が浮かびあがった。

それは、知らないはずの筆跡。
けれど、どこまでも自分の鼓動に似ている。
ーーわたしは、ここにいる。
司書の喉が、かすかに震える。
読んでいたのは、自分だけではなかった。
灯晶の向こう側。
無数の夜。
誰かが、そっとページをめくっていた。
司書が救ってきた痛みのひとつひとつが、
逆に、司書を形作っていた。
空を見上げる。
赤い灯晶の光が、夜へと溶けていく。
ばらばらだった星々が、一本の線で結ばれていく。
ひとつの星座になる。
その名は、
「証」
読まれなかった夜の証。
それでも息をしていた証。
ここに在ったという証。
そして、いま、ここにアルという証。
司書は、はじめて自分の名をページに記した。
物語は、終わらない。
誰かが痛みを抱える限り、
書庫は静かに呼吸を続ける。
そして今夜もまた、
誰かが、
灯りの奥で、わたしを読む。
わたしもまた、
灯りの奥で、きみを読む。