森の奥、ひっそりとした小さな川辺に、ひとりのカッパが暮らしていた。
そのカッパは、特別強いわけでも、すごい魔法が使えるわけでもない。
きゅうりを育てるのが少し上手で、
あとは人よりちょっとだけ、
人の顔色を読むのが得意なくらいだった。
ある日、泣きながら川にやってきた人間の子どもがいた。
カッパは驚いて、水の中からそっと顔を出す。
「どうしたの?」
子どもはびくっとしたけれど、逃げなかった。
代わりに、小さな声でぽつりと話し始める。
「うまくいかないことばっかりで……」
カッパはうんうんと頷きながら、何も言わずに聞いていた。
それから、畑に戻って、一番みずみずしいきゅうりを一本もいできて、差し出す。
「これ、あげる。よく冷えてるよ」
子どもは少しだけ笑った。
涙のあとに咲いた、小さな笑顔だった。
その日から、ときどき誰かが川を訪れるようになった。
悩みを抱えた人
少し疲れた人
理由もなくぼんやりしたい人。
カッパは何か特別なことをするわけじゃない。
話を聞いて、きゅうりを渡して、ときどき一緒に川の流れを眺めるだけ。
けれど帰る頃には、みんなほんの少しだけ軽くなった顔をしていた。
夕暮れ。 水面にオレンジ色が揺れるころ、カッパはひとり呟く。
自分は世界を救うような英雄じゃない。
誰もが羨むような才能もない。
それでも――

目の前の誰かが、ふっと笑ってくれるなら。
それだけで、胸の奥に静かに灯りがともる。
ただそれだけで、
こんなにも心は満たされるんだ。