むかしむかし、森がいちばん赤くなる季節。
カッパの少女は、ひとりで森の奥へと歩いていきました。
足元で、葉っぱがさく、さく、と鳴ります。
それはまるで、誰かがあとをついてきているみたいな音でした。
「……いるの?」
紅葉のすき間から、そっと顔をのぞかせます。
かくれんぼの途中みたいに、少しだけ息をひそめて。
振り返っても、そこにいるのは風だけ。
けれど少女は、少しだけうれしそうに笑います。
「……もういいよ」
まだ何も終わっていないのに、
なぜかその言葉がこぼれました。
それはきっと、
“ここに何もないわけじゃない”と、
心が先に気づいてしまったから。

この森には、もう誰もいないはずでした。
昔は、たくさんのカッパたちがいて、川で笑って、
葉っぱを投げ合って、秋になるとみんなでここに集まっていたのです。
でも今は……
その笑い声は全部、落ち葉と一緒に地面に沈んでしまいました。
けれど――
風が葉を揺らして、さわ、さわ、と鳴るたびに、
あの日の笑い声が、そっと重なります。
少女は傘を握り直して、小さくうなずきました。
足元で、静けさがさく、さく、とほどける。
それはもう、後ろから追いかけてくる音ではなく、
前へ進むための、小さなリズムでした。

森は静かでした。
けれどその静けさは、空っぽじゃありません。
誰かの声が消えたあとに残る、
やさしい余白のような静けさでした。
少女はもう振り返りません。
ただ、前へ進みます。
その背中を、
紅葉がそっと見送っていました。