森の奥に、小さな温室がありました。
陽の光がそこだけ柔らかく溶けて、時間までもがゆっくり流れるような場所。
そこにひとりのカッパの少女が、静かに暮らしていました。
彼女は、言葉を持たない子でした。
……
いいえ、正確には……言葉が、うまく外に出られない子でした。
だから彼女は、植物たちと話していました。
葉を揺らして返事をくれる子。
花をひらいて、嬉しさを伝える子。
枯れかけた茎で、悲しみをそっと見せる子。
声のない世界で、彼女はたくさんの言葉を受け取っていました。
ある夜のことです。
森の奥から、小さな光がひとつ、温室に迷い込んできました。
それは蛍でも、星のかけらでもなく、
もっと不思議なものでした。
揺れ方が、どこか泣いているみたいで。
漂い方が、どこか探しているみたいで。

少女は何も言わず、ただ手を差し出しました。
光はしばらくためらって、それでもゆっくりと、その手のひらに降りました。
ぽう。
温かかった。
まるで誰かが、ずっと胸の中でだけ繰り返していた「ありがとう」みたいな……そんな温度でした。
少女は静かに、目を閉じます。

この光は、どこかの誰かが、こぼしてしまった気持ちなんだと、わかりました。
言えなかった言葉。
届かなかった想い。
渡せなかった優しさ。
消えたのではなく、ただ…行き場をなくして、さまよっていたのだと。
彼女はその光を、温室の中心に置いたガラスの鉢にそっと移しました。
すると光はほどけるように広がって、部屋いっぱいに淡い緑のぬくもりが満ちていきました。
植物たちも、葉をそっと揺らしました。
おかえり、と言うみたいに。
それからというもの、温室にはときどき光が訪れるようになりました。
悲しい色の光も。
嬉しくて弾けそうな色の光も。
ふるえながら、それでも消えたくなくて彷徨っている光も。
少女はそのひとつひとつを、両手で受け止めました。
名前のない感情たちが、ここではちゃんと、あたたかく在れるように。
誰も知らないこの場所で……
誰かの「大切だったもの」は、消えずに灯り続けています。
今夜も少女は、目を閉じて座っています。
小さく揺れる無数の光に、そっと包まれながら。

それはまるで、たくさんの心が、ここで静かに続いているみたいで。
少女は静かに、微笑みました。
声には、なりませんでした。
でも……それで、十分でした。