生活する上で、人とのコミュニケーションは欠かせないけど、間違った理解をしている人が最近多いって感じる。
【それが多い年台が、40代~50代!】
ここを遡って説明すると、戦争を経験してきた世代は生きることに必死で、あらゆる人とのコミュニケーションを大事にし、厳しい環境の中で自分にも厳しく生きていた人が多いらしく、その人たちが産んだ子供、いわゆる戦後に生まれた人、現代で言えば70台前後の人たちが大きく2通りに分かれてて、親が大変な時代を生きてきたからと、子供には大変な思いをさせたくないって理由で甘やかした教育と、厳しい教育の2つに分かれてたらしい。だから、今の70台前後は社会人として極端にピンキリ別れるのがここからきてるらしい。
そして問題が多いさらなる次世代。今でいう50台前後。ここは完全に甘やかされて育ってきた人が多く、ここも大きく2通り。
「愛情を受けて育ってない親が子を育てる」
「厳しさのある時代を生きてきたがゆえに子供には大変な思いをさせたくない」
どちらにも共通するのが、愛情を受けて育ってきてない子供は、親になっても子供に愛情を注げない&愛情の与え方を伝えれないってとこ。
だから、そこに愛情を伝えようと頑張っても、主観に頼った屈折した愛情しか伝えれないから、すれ違いやトラブルにも発展してしまう要因になる。
この「愛情問題」が今一番大きな問題。
そして本題。
めちゃくちゃ最近目にする「あいさつマン」。
挨拶っていうのは、本来は、他人との関係を円滑にするために行うコミュニケーションツールの一つってだけで、別に「よっ!」とか肩をたたくだけでもいいってもの。
その中で、会社とか公の場では挨拶に置き換えることで、礼儀礼節があることを伝える手段としても有能なんだけど、あいさつの本質は、
「私は今ここにいます、そしてそこにあなたがいることを認識しています」
っていう互いにリスペクトし合うためのもの。
だから、通行人とか、自分にとって興味ない、もしくはリスペクトする必要が無い人にはしないってこと。
これを社内とかに置き換えた場合、挨拶をしてくれないって事は、「興味が無い」って思われているだけ。
※このゲームで言えば、自分の意志とは関係ないオートマッチングではしないけど、自分の意志で参加したPTではするっていう分け方が一番多いかな。
じゃあどうすればいいか。
答えは簡単。
「きたかぜと太陽」を読めばすべて完結。
あいさつを要求したり教育していいのは親とか先生とかだけで、それ以外の他人が要求することは、極論から言えば不法行為だから、してほしいならしてくれるような行動をすればいいだけ。
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そして、この【あいさつマン】は40~50代にほんと多い。
この内面的な理由として、承認欲求が強すぎるのと、自分を過大評価しているって傾向にあるのが特徴。
要は、甘やかされて育ってきた自分に自信が無い人たちが、言葉によって精神を維持してるって感じ。
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要は、あいさつは大事だけど、過度に要求するものじゃないって事。
当然、あいさつをコミュ症を盾にしないことも、相手をリスペクトしてないって印象を与えるから、何かしらの【相手の存在を認識する行為】は自分のためにもするほうがいいとも思う。
最後に、【あいさつは体調管理にも超優秀!】ってこと。
普段からする習慣が出来ていることで、声のトーンなどの違いから、いち早く体調の変化を察することが出来る優秀なツールって事ね。
たぶん今、【愛情の与え方】を教えるスクールとかあれば、すっごい繁盛すると思いもする。