【鈴バイアス】、これじゃなくて、【鈴依存】、これが正解かもね。
明らかに常識から逸れた思考が蔓延していることが当たり前のようになっているバトル環境について、問題のある宗教と酷似した部分が見受けられ、これはもうバイアスじゃなくて依存かもね。
ってことで、下記の教団を自称バトル勢に置き換えてみて。
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問題のある宗教に信者が辞めずにいる理由は、いくつかの要因が複雑に絡み合っていると考えられる。
1. 心理的要因:
マインドコントロール:
教義や儀式を通じて、信者の思考や感情を操作し、教団への依存心を高める。
外部からの情報を遮断し、教団の教えだけを信じるように仕向ける。
認知的不協和:
教団に対する疑念が生じても、それまでの時間やお金、人間関係を失うことを恐れ、自分の信仰を正当化しようとする。
帰属欲求:
教団の中で仲間意識や一体感を感じ、孤独や不安から解放される。
教団から離れることは、社会的孤立を意味するため、離脱をためらう。
権威への服従:
教祖や教団幹部の権威を絶対的なものとして受け入れ、批判的な思考を停止する。
2. 社会的要因:
人間関係の束縛:
教団内で形成された人間関係が、信者の生活の大部分を占めている場合、離脱は人間関係の崩壊を意味する。
経済的依存:
教団が信者の経済活動に関与している場合、離脱は経済的な困難を伴う。
社会的圧力:
教団や信者仲間からの圧力や嫌がらせを恐れ、離脱をためらう。
3. 教義的要因:
終末思想:
教団が終末思想を掲げている場合、信者は教団から離れることは救済から見放されることを意味すると考える。
罪悪感:
教団の教えに背くことは罪深い行為であると信じ込まされ、教団から離れることに強い罪悪感を抱く。
4. その他:
情報不足:
教団に関する客観的な情報を得る機会が少なく、教団の教えを鵜呑みにしてしまう。
家族の影響:
家族が信者である場合、離脱は家族関係の悪化を意味するため、離脱をためらう。
これらの要因は、個々の信者の状況や教団の性質によって異なり、問題のある宗教から信者が抜け出すことは非常に困難な場合がある。
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集団における共依存は、以下のような特徴を持つことがある。
集団への過剰な同一化:
個人のアイデンティティが集団のアイデンティティと強く結びつき、集団の価値観や目標が個人の価値観や目標を圧倒する。
集団への過剰な責任感:
集団の問題や責任を、個人の問題や責任として過剰に引き受けてしまう。
集団からの離脱への恐怖:
集団から離れることへの強い不安や恐怖を感じ、集団への依存を続ける。
集団内での役割の固定化:
集団内で特定の役割(例えば、犠牲者、救済者、加害者など)を演じることを強いられ、その役割から抜け出せなくなる。
集団における共依存は、カルト集団や虐待的な家族、あるいは一部の職場など、閉鎖的で支配的な集団において見られることがある。
例えば、カルト集団においては、以下のような形で共依存が見られることがある。
教祖への絶対的な服従:
信者は教祖の言葉を絶対的なものとして受け入れ、自分の考えや感情を抑圧する。
集団への過剰な貢献:
信者は集団のために時間やお金、労力を惜しみなく提供し、自己犠牲を厭わない。
集団からの離脱への恐怖:
信者は集団から離れることは、救済から見放されることや、恐ろしい報復を受けることであると信じ込まされる。
集団における共依存は、個人の自律性や主体性を奪い、精神的な健康を損なう可能性がある。
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今まで何かに打ち込んだことがある人は、土台や基礎を作ることの重要さを理解しているから、まず鈴とか見せかけの運に頼って他を疎かにするってことはないけど、これが蔓延しているって事は、たぶん今まで何かに打ち込んだことが無い人ってのがあからさまだよね。
基礎の部分がおかしいと、そのあとに続くすべてがおかしくなるので、この鈴依存をいち早く抜けれた人がまともな思考に戻れるって事だね。
ちなみに、鈴依存から抜けれない理由もわかった。
例えば玉をつけたところで、それを活かせない(例えば要所で刃したり)から、結局自分で何かするよりも運に任せようって理由、要は責任を抱えたくない他力本願によるもの。