鳥人を死に物狂いで倒してからというもの、またもやアストルティアでの活動は暗中模索の一途を辿る。
最近やったことと言えば、なにがあるだろう。
鳥人に緑玉で挑むにおいて、
自身の容姿が人間男であると誘われにくいと気づき、これに"絶念" を抱いたことくらいか。
ホワイトデーのイベントでカツラを手に入れ、
見た目を少しばかり誤魔化して再び緑玉を出すも、
やはり誘われないためログインとログアウトを
繰り返しながらポ◯モンマスターを目指す休日を過ごした。
別にイキった文言を掲げて
誘いを待っているわけではないのだ。
先日 突発的に開催した、
【緑玉 イキリコメント選手権】では
準優勝しかできなかった筆者が
それほど忌み嫌われる文言でメンバーを募っているとは思えない。
ちなみに参加者は筆者を含めて2人である。
実装されたばかりのボスに対して
「日課。果実集め」
これに勝る文言があればコメントして頂きたい。
バトルコンテンツを嗜(たしな)む人間は
"誰か1人のせいで全滅してしまった"という場面を
目の当たりにしたことがあるだろう。
もう少しで倒しきれる、その直前で
例えば霧を配れておらず敵のブレスで壊滅し
戦況が一転。大パニック*
1人が ミスをしてしまったばかりに
結果、全滅を余儀なくされる。
たった1人に罪が重くのしかかる。
本来であれば自責の念に駆られ、仲間に合わせる顔が見つからない。
けれども優しいパーティーメンバーであれば
「今のは敵の行動が悪い」
などとよくわからないフォローを入れて
仲間を擁護し 支えることだってあるのだ。
ミスを犯した"スケープゴート"はそれで救われる。
あったはずの責任はまたもや
"1匹のヤギ" に押し付けられたのである。
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幸か不幸か効果は数多、紅か不紅か石もまた
色を違えばすぐに谷底、危ない危ない橋渡り
4人で挑めばなんとかなるか
たった1人のがらがらどん
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【絶念のアウルモッド】と我々は本来、
戦う理由はないとされている。
というのもアウルモッド自身は我々人間を
「愛している」とされており、ならば彼が憎むのは
高慢かつ無知蒙昧な存在である
「天使」なのだそうだ。
彼は「天使」に絶望してしまっている。
(ちなみに筆者はネカマの人口に
絶望してしまっている。)
この「天使」と「悪魔」の対立において
我々人間が天使に肩入れしている立場にあることで
アウルモッドとの敵対関係を生んでいるのである。
また、筆者はこのアウルモッドが【強さ3】に強化された状態で実装されることを非常に恐れている。
女性だと思っていた人間が男性だった時くらい恐れている。
大したことなかったあのルベランギスが
信じられないくらい強化されて戻ってきたからだ。
あの床の色を見て正しい色の円に入らないと即死するギミックがどうも苦手だ。
有利に保っていた陣形を放棄して二色の円に向かって散り散りにさせパニック*を引き起こすあのやり方は"悪魔的"に思える。
こじつけがましいが筆者が話したいのはここから。
アウルモッドは"あくま系"に分類されるが
皆さんはご存知だろうか。
確かに顔がヤギの見た目をしており、
「悪魔」といえば
ヤギのような形相が浮かんでくる人も少なくないだろう。
ヤギは その特徴(角、ひづめ、筋肉質、野生的)
が悪魔の象徴と捉えられ、
旧約聖書ではスケープゴート(山羊)として
人が犯した罪をヤギに背負わせて
一方は焼かれ、もう一方を荒野に放つ儀式に使われるような生き物なのだ。
ここから山羊(ヤギ)=悪・罪・魔の象徴が生まれた。
人間の思想やイメージが具現化するといった流れは
よくあることであり
ここまでの話から、このあくま系がヤギの見た目を
していることはとても納得がいく。
ヤギを起点とした上でちゃんと
角があり、
ひづめがあり、
やたらと筋肉質で、野性的。
けれども今ではヤギではなく悪魔なのだ。
次回はそんな悪魔と何時間遊べば許されるのだろうか
そんな崖っぷちのスリルと対峙することに怯える日々をもうしばらく過ごすことにする。
-余滴- *
「パン」という半人半獣の神格をご存知だろうか。
家畜に豊穣をもたらす慈愛の神として崇敬されたそうだ。
上半身は人間、下半身は山羊の脚と蹄を持ち、
角と濃い髭が特徴的な姿で表現される。
野山を駆け巡り、羊飼いたちを守護する存在
だそうだが、怒らせると人々や軍勢に説明しがたい恐怖を与えると信じられ、
この恐怖が「パニック」という語の語源となったとされている。
panikos(パンのような)
→ ラテン語 panicus
→ 英語 panic