オーグリード大陸のある荒野を歩む男が一人。その巨躯は余すところなく鍛え上げられ、丸太のように太い二の腕から伸びた肩の先には、額に生えている角と似たような突起があった。軽装に身を包み、そこから覗く肌の色は真っ赤に燃え、背には大振りの剣を携えている。彼が発する剣呑な雰囲気に呑まれてか、周囲にいるモンスターたちは彼に近づこうとさえしなかった。
男の名は、ジーガンフ。ランガーオ村出身のオーガ族の戦士である。現在は村を出て、修行の旅に明け暮れている。彼には目的があった。オーグリード大陸に伝説として存在する、悪鬼ゾンガロンの討伐。そのために、彼はいく日も身体を、精神を、技を鍛え、そして情報収集に努めていた。
ジーガンフは敗北者である。己の弱さに敗け、親友と最愛の人だけではなく、故郷の村人たちでさえ危険に晒した。それにけじめを付けるべく、贖罪の旅を続けている。そうして、長年の旅の果てに、ようやく待ち焦がれた瞬間が、彼に訪れた。
あの悪鬼ゾンガロンが1000年の時を経て復活した、と風の伝を耳にした。その真相を確かめるべく、ゾンガロンが現れたとされるグレン城へ足早に向かったジーガンフは、一切を理解した。今こそ自身の罪を償い、過去と決別する時が来たのだと。
オーグリード大陸のある荒野。ジーガンフは、ついにあの悪鬼ゾンガロンと相対していた。ゾンガロンの様子を見るに、自分のような弱者のことなど、記憶の端にも存在しないようだ。彼は皮肉の笑みを浮かべた。それはゾンガロンだけではなく、自身にも向けられたものだった。理解していた。ーー自身が取るに足らない弱き者であることなど。そして、彼はもう一つ理解していた。弱いという自覚があることが、己の強みであることを。
半刻が過ぎた。戦いの展開はあまりにも一方的であった。それも無理はない。片や腕に覚えがあるとはいえ、ただのオーガ族の戦士が一人、片やあの伝説とされる悪鬼ゾンガロンなのだから。だが、ジーガンフは未だに生き永らえていた。その事実に、激しく苛立ち、憤っているゾンガロン。常であれば、自身の前に、ただのオーガ族がここまで立っていられるはずがなかったからだ。身の程を知れ、とゾンガロンの攻撃が更に激しくなる。しかし、激しくなると同時に、その攻撃は大振りになり、隙もまた生まれていた。そして、彼はこの瞬間を待っていた。
一瞬であった。ジーガンフは、悪鬼ゾンガロンの大振りの攻撃を紙一重で躱し、己の持てる全てを吐き出し、渾身の一撃をその腕に叩き込んだ。彼に斬られたゾンガロンの腕は宙を舞い、ゾンガロンの逆腕から繰り出されたなぎ払いにより、彼の身体もまた宙に飛んでいた。
岩に叩きつけられ、大地に崩れ落ちるジーガンフ。薄れゆく意識の中で、彼は心から満足していた。時間を稼ぐという役目は果たした。あの程度でゾンガロンを倒せるはずはないが、腕の再生にある程度時間を要するからだ。後は頼んだぞ、エックスたちよ……。彼は、悶え苦しむ悪鬼ゾンガロンの姿を目に捉えながら、意識を手放した。
悪鬼ゾンガロンは英雄たちにより討伐された。1000年に渡るオーガ族の負の歴史に、ついに終止符が打たれたのだった。
オーグリード大陸のある荒野を歩む男が一人。彼の名は、ジーガンフ。自身の弱き心に屈し、全てを失った哀れな敗北者である。オーガ族の歴史の中で、彼の名が出てくることはないだろう。だが、彼は紛うことなき、誇り高いオーガ族の戦士であった。