人生はクソだ!生きるに値しない!
王都キィンベルから北東、ディプローネ高地にその集落は存在した。名を自由人の集落。エテーネ王国民でありながら、時の指針書に縛られる生き方に嫌気がさし、王都キィンベルを脱して自給自足の生活を歩む人々の集まりである。集落の人々は私有財産の所持を禁止し、貧しいながらも皆で協力して生計をなり立てていた。
その集落の最奥に構える、藁でこしらえた小屋の中。一人のドワーフの女が、巨大なクッションのようなベッドの上でまどろんでいた。心ここにあらずと行った様子で、正気かどうかも見当がつかない。
ベッドの上と彼女の足元には、飲み干された後の瓶が何本も打ち捨てられ、地面には破れていたり、読んだままだったりする状態の羊皮紙が、所狭しと散らばっていた。
それ以外にも、怪しげな壺がいくつも部屋に置いてあり、彼女の背後にある大きな木棚には、数え切れないほどの魔法瓶が乱雑に積まれている。雑多な部屋の状態は、まるで彼女の心の内を示しているように荒れ果てていた。
彼女の名はワグミカ。少女のように小柄なのはドワーフだからであり、とっくに成人している。実はあのエテーネ王国が誇る王立アルケミアの先代所長であり、錬金術の才は群を抜いていた。現在でも、集落の人々のためにその才を振るい、生活の向上に一役買っている。それだけでなく、辺境警備隊詰所に定期的に訪れ、井戸の浄化装置の点検を行うなど、人格面にも優れ人々の信頼も厚い。
優秀であるはずのワグミカが何故、王立アルケミアの所長を辞め、このような辺鄙な土地で生活しているのか。誰もが気になり、彼女に理由を尋ねたものもいたが、彼女がそのことに関して口を割ることはなかった。
集落にやってきてからの彼女は、人生はクソだ、生きるに値しないと事あるごとに嘆いた。それを聞いた人々は、何かしらの深い事情があって王立アルケミアを追放されたから、彼女が自暴自棄になっているのだろうと考えた。
だが、それは真実ではない。ワグミカは、王立アルケミアの所長という立場に、一切執着はしていなかった。彼女の求めるものは、自身の望みを錬金術によって叶えることのみであり、所長という肩書きは、それを成す過程で付属してきた副産物に過ぎなかったからである。
ワグミカは、重い身体をなんとか起こし、自身が生み出した魔法生物ーーモモンタルが持ってきた羊皮紙に目を通した。エテーネ王宮の墜落、ドミネウス王の消失。彼女は暗い笑みを浮かべた。ざまあみろ、そう言いたげな表情だった。
ワグミカは、錬金術に誇りを持っている。錬金術は人々を幸せにするために存在するのであり、自身の錬金術の才があれば、それは決して不可能ではないという信念を抱いている。だからこそ、許せなかった。錬金術を使い、国民に不幸を振りまこうとしたドミネウス元王を。
彼女に対し、人道に反する魔法生物ーーヘルゲゴーグの錬成を命じたドミネウス王に反旗を翻し、何のためらいもなく所長の立場を捨てた。
だが、誤算があった。当時の部下であったヨンゲは、時の指針書に逆らえず、その非人道的な錬成の研究を続け、ついには完成させてしまったのである。
何度もその研究はお前の身を滅ぼすと、再三に渡り手紙を寄越し注意を促したが、それが実ることはなかった。
その後、想定していた最悪は現実となり、多くの人々が傷つき、エテーネ王宮が堕ち、ヨンゲは死んだ。錬金術は人々を幸せにするために存在するのだ。そんな自負は、何の役にも立たなかった。
自分には、誰にも負けない錬金術の才能がある。だが、それがどうしたというのか。ワグミカは、何もできなかった自分自身に苛立ち、絶望し、そして考えるのをやめた。
酒に逃げ、彼女は今日もうそぶく。
人生はクソだ!生きるに値しない!