150スキル解放にともない、胸をはって「出せます」といえる職は、
武闘家・魔法戦士・旅芸人の三職だけとなってしまった(おまけとお情けで僧侶)。
だいたい本職とかメイン職というものは、心の中で自発的に生まれるもので、
締めつけに迫られ、やむにやまれずしぼりだす、というのはなんか違う気もする。
これならまだスキル天井が100の時代、どんな職でもいちおうは「出せます」
といえた頃のほうがよかったなあと思うのだが、まあそれはそれ、である。
ver3で踊り子が実装されればスキルの割り振りもグンと楽になるだろうし、
それまではこの現状を維持していくしかない。
この大魔法時代において、魔法使いを完全に切って捨ててしまうのは、
それなりに思い切りがいる。だが、ver1.1の走馬灯へのアンチテーゼとして
物理PTをはじめ、その後も物理のラインに沿ってひた走ってきた私としては、
自然の流れだともいえる。なにも魔法使いという職をこき下ろしたいわけではない。
攻魔をあげるのも大変な努力である。しかしドレアム戦が魔4僧4という
テンプレでそまりつつある脳死的状況にはさすがに変な汗が出る。
あの、ドラクエ10の職業って14もあるんですよ……?
たとえば魔法使いの席を一枠、魔戦にすげ替えて、弓ポン・ピオリム・FBによる
攻守の底上げをはかる発想はないのか? ピラミッドにしても9層はまだ、
いろんな職構成がためされているけれど、7、8層はほぼ魔2僧2オンリーである。
まあ、人集めの時点で非テンプレ構成だと何かとgdりやすいので、
効率を考えれば希望者の多い魔法使いでいくのもひとつの理にはかなっている。
しかし効率がすべてではない。マジョリティに背を向けて、自分なりの理を追究する。
大げさにいえばそこには、「生き方」が投影される。
今週のピラミッドは7から9まですべて、物理PTでクリアした。
7は旅芸人、8は武闘家、9は魔法戦士と、いまのメイン職をフル出場させてだ。
この構成(武、武、旅or魔戦、僧)だって洗練されつくしてるとはいえない。
武の一枠をレンジャーにしたり、強火力を得たまものに替える手もあるだろう。
なんならそこは魔法使いだって賢者だっていい。多様性こそが幅広い戦略を生み、
のっぺりした魔僧オンリーPTにはない連携を生む。
完全に手応えをつかんだ。これまで7、8層は私も魔2僧2PTにのこのこ
僧侶で参加していたが(楽だから)、もうそうする必要もない。
固定観念を打ち破り、次のステップに進む。旅芸人がタップダンスを踊るように、
足元はいつも軽やかに。アクセ合成でスペックをあげるより何より、
軽やかなステップを踏みつづける。それが「強くなる」ことだと私は思う。
……なんていってるそばから真・災厄リプレイに旅8という、
ある意味究極のゴリ押し、脳死的PTに参加してしまった私ですが。
これはこれで楽しかったけど、一枠魔戦がいてもいいよな、
と心のどこかで思ってしまったのはナイショだ。