90年代は今よりずっと情報がなく、メインストリームから
外れたところで自分の好きな音楽を探すとなると、
手探りに近い状態だった。パソコン通信ぐらいはあったが、
一般的ではない。すべての人がメールでやりとりするようになったのも、
(私の記憶が確かならば)2000年代に入ってからのことだ。
音楽雑誌、口コミ、レコード屋の手書きPOP、
そんなものがたよりだ。羅針盤もなく航海に出るようなものだが、
それだけに宝島にたどり着けた時の喜びは大きい。
今の若い人に言ってもまるでピンとこないだろうけど、
好きな音楽を探すコツは「身銭を切る」ことだ。
時にはとんでもないハズレをつかまされることもある。
しかし身銭を切って、チョイスに重みを持たせることで
しだいに自分の中に方向感覚とでもいうべきものが備わってくる。
どちらに進めばいいのかわかりはじめる。YouTubeやサブスクの、
無料の音楽の洪水からつまみ食いしているだけでは、
決してこの方向感覚は身につきはしないのだ。
ベル・アンド・セバスチャンのアルバム、
「If You're Feeling Sinister(邦題:天使のため息)」も
そんな時代に出会えたかけがえのない一枚だ。
プライマル・スクリームの出身地でもあるグラスゴー、
そこに住むベルという少女、セバスチャンという少年、
そんなカップルが織りなす物語、という体裁を取っている。
静かな夜に音もなく降るような、明け方には消えてしまうような、
か細い雪のようなサウンドだ。ヒットチャートをにぎわせるような
キャッチーさはない。にもかかわらず聴く者の胸には雪の結晶のような美しさが残る。
今は情報であふれ返る時代だ。他人が作った理論値、
防衛軍で引き当てた速度埋めの武器、属性埋めの盾、
ジェムで当てたマイタウン権利証、そんなものが探すでもなく、
目に飛び込んでくるのはSNSの陥穽でもある。
昔ならば朝の光を浴びてすぐ溶けてしまうような、
そうそう滅多にないことを粒立ててるだけなのに、
まるで自分だけが取り残された気がしてしまう。
情報過多に心揺らされないように、情報のなかった時代が良いとも言わないけれど。
それでも群れからはぐれた天使のような、孤独なため息をあなたがもらすなら、
ーーせめて良き音楽がそばにあることを願う。