回転寿司のネタでは不動の人気をほこる中トロ、大トロだが、
江戸時代は「猫またぎ」といって猫でも見向きもしないようなものだった。
ひとえに当時の冷蔵技術が貧弱だったからだが——、
では江戸っ子は何の魚を愛したのかというと、鰹、
それも初夏の時期に出回る初鰹だ。
「初物を食べると寿命が七十五日延びる」なんてこともいわれた。
まあこれは法外な値段の初物を、わざわざ買って食べる行為に
エクスキューズをつけ足したものだろうけど、
初物の王様である初鰹は、現代の価格に換算すると
何十万という値がつけられた。時が経てば常識的な価格に
落ち着いてくるものを、江戸っ子たちは我先にと買い求めたわけだ。
現代人の視点で、江戸っ子の見栄っぱりさを笑うのはたやすいけど、
金というものは単純に生活維持だけのために使うものではない。
「自分が自分でいられますように」という祈りをこめる場合だってある。
そういうアイデンティティが根を下ろしたのが江戸っ子にすれば、
初物だったということなのだろう。また、他人からすれば
馬鹿げているとしか思えない「祈り」に、けちをつけるのは
江戸っ子からすれば野暮きわまりないことだったのだろう。
江戸っ子が大枚をはたいて旬の味覚を楽しんだならば、
そのメンタリティーを継ぐ私は旬のしぐさを楽しんでいる。
私はわりとこういうのに飛びつくタイプである。
初鰹は季節感があって、さっぱりしていてうまいが
何十万も出して食べるものではない。「にゃにゃん」も、
500万の価値があるしぐさか?という疑問はさておいても、
旬を楽しむひとときは何物にも代えがたいのだと思いたい。
高額な装備を買うより、土地や家を買うより私はまず、
「自分が自分でいられるように」金を稼ぎたいのだとあらためて思った。
しかし今の初鰹は3月には出回るからいまひとつ
季節感に欠けるんですよね。4月下旬から5月頭あたりが、
「初物」として一番ピンとくるところだと思います。