予想通り、はじめはさぼってばかりのシュピだったが、
「引越し完了祝いの、スペシャルケーキの用意をしているよ。」
と吹き込むと一転。ピオラが重ねて掛かったかのような、プクリポには似合わぬ俊敏な動きで荷物をせっせと運び始めた。
私は普段、魔物との戦闘もするし、力にはある程度自身があった。しかしそんな私でさえ持ち上げるのがやっとな荷物を、シュピは一人で軽々と運んでいった。
やる気が出ただけで、ここまで変化するものだろうか。色々考えたが、元々そういう子なのだと、無理やり解釈することにした。
とにかく作業効率はぐんと上がり、午前中には荷物を全て運び終えてしまっていた。
午後からは暇が出来たので、昼食を済ませた後、二人で家の周辺を散歩することにした。
あるのは鬱蒼とした木々と、湖ぐらいだ。湖はとても大きくて、はじめこそ息をのんだが、多分そのうち飽きるだろう。
特に見所があるわけではない。私の場合は。
「ねー。ジュセ!これ見てー。」
もう何度目の呼びかけか、すっかり忘れてしまった。
私が少し目をはなすとシュピはあらぬ方向に走り出し、よく分からない物を発見して私に見せつけてくる。
花や小鳥、小動物程度なら可愛いものだが、うねうねした虫やグロテスクなキノコ、果てには暴れ狛犬まで連れて来るものだから手に負えない。
幸い護身用の剣を持っていたので事なきを得たが、
「わーあぶないねー。飼い主さん、ちゃんとお縄つけとかなきゃー。」
懲りるそぶりすら見せないため、
「そうだね。私もわんぱく子犬ちゃんにつけないとなあ。」
とシュピを威嚇すると、少し大人しくなった。
帰路は割りと平和だった。
「かんぱーい!!」
なんとか"住居"と呼べるようになったジュセ邸に、明るい声が響く。
「ふー。疲れたねー。でも、これでしばらくはゴロゴロできるねー。」
シュピがケーキを貪りながら言う。
「いや。そうもいかないかな。食べ物も残り少ないし、買出しに行かないと。それに仕事もあるからね。」
ほっぺにクリームをつけ、にこにこしていたシュピの表情が少し曇る。
「そっかー。…でも、毎日じゃないよねー?お休みもあるんだよねー?」
「うん。あるけど…。」
ふと、返答に詰まってしまう。
「けどー?」
珍しくシュピが食い下がる。
「…大丈夫、ちゃんと遊べるから。」
なんとか搾り出した私の言葉を聞いて安心したのか、再びシュピの表情が緩む。
「やったー。わたし、楽しみに待ってるねー!」
「待ってるだけじゃダメだよ。ちゃんと約束どおり、家事全般は任せるからね?コンシェルジュなんだから。」
浮かれるシュピにすかさず、注意をする。
「はあーい。」
分かっているのか分かっていないのか、私にも分からない返事をした。
引越し作業は終わったが、新生活のスタートラインに立ったばっかりだ。ここからが勝負。頑張っていきたいと思う。