ジュセとシュピさんは、ヴァース大山林を彷徨っていたところを保護されました。
町に戻ると、二人はすぐに病院へ搬送されました。
ジュセは数日間寝込んでしまいましたが、体に大きな異常は見られませんでした。
しかし疲労と衰弱が酷かったため、念のためにしばらく入院となりました。
問題はシュピさんです。
シュピさんはジュセが目覚めたときも、まだ気を失ったままでした。
大きな怪我は見られませんでしたが、苦しいのか、ずいぶんとうなされている様子でした。
さらに厳重に隔離されており、遠くから様子を伺うのがやっとでした。
どういう事なのかと、ジュセは医者に尋ねました。
すると医者の口からは、ぽつりぽつりと、重苦しい理由が語られました。
魔瘴中毒。
通常、魔瘴を浴びてしまえばその者は、キャンプ地に居た隊員のように、即死するか、魔物と化してしまいます。
しかし抵抗力があったり、少しだけしか浴びなかった場合は、奇跡的に一命を取り留める事があるのです。
かのプーポッパン王もその一人でした。
しかし周知の通り、王は徐々に体を蝕まれ、衰弱していきました。
最終的には決死の覚悟で風車塔の儀式に挑み、プクランドを救った後に果てたと聞きます。
四術士の一人、オーグリードのガミルゴ王の伝承も有名です。
かつて大陸を魔瘴が覆った際、魔瘴を浴びて魔物と化しながらも理性を保ち、噴出穴を防ぎ、自己犠牲の上に多くの命を救ったというものです。
どちらも英雄ではありますが、とても悲劇的な結末を迎えています。
そう。たとえ一命をとり止めようとも、大きな後遺症を抱えてしまう可能性が極めて高いのです。
治療法もありません。症状に個人差があり、そもそも魔瘴を受けて生き残るケースも少ないため、確立が非常に難しいのです。
待ち受けるのは結局、死なのです。じわじわと命を削られる分、余計に辛いかもしれません。
さらに辛いのは本人だけでなく、ひとたび魔物と化してしまえば、周囲に甚大な被害を及ぼしてしまいます。
ガミルゴ王のように、理性を保つという離れ技は、普通の者にできる事ではありません。
その為、魔瘴中毒にかかった者はとても恐れられ、状況によっては迫害されるのです。
シュピさんはあの時、少ない量ではありましたが、確実に魔瘴を浴びてしまいました。
ジュセはそれを見ていたし、実際に、検査で体内から魔瘴が検出されました。
どの程度進行しているのかはまだ分かりませんでしたが、何もせず解放しておくのは危険だったのです。
ジュセは入院中、ほとんどシュピさんの病室の前に居ました。
医者でもどうにもならないのに、ジュセに出来る事などあるはずがありませんでした。
ただ、遠くから声をかけて目覚めを待つだけでした。
元気になったらいっぱい話そう。
遊びに行く約束、覚えてるよね?
お願いだからもう一度、笑って。
ジュセの中で、永遠とも感じるような時間が過ぎて行きました。
やがて空しさに耐え切れなくなり、無理を言って、自己責任の上で病室に入れてもらいました。
シュピさんを目の前にして、我慢していた涙が止め処無く溢れてきました。
シュピ、起きて。
ジュセはシュピさんの手を握り、叫びました。
その時でした。