不安に苛まれながら、ずっと待っていたシュピさんの目覚め。
シュピさんは体を起こし、目をぱちくりさせ、不思議そうに、手を握っていたジュセを見つめました。
思った以上に元気そうな様子を見たとき、また幸せな日々が戻ってくるのだと感じました。
……きみ、だれー?
しかし希望は、その一言で打ち砕かれたのでした。
シュピさんは魔瘴に脳を侵され、事件以前の記憶を失っていました。
自分の名前も、故郷も、これまでの生活も、ジュセの名前も。
何度も質問しましたが、全て覚えていませんでした。
さらに、言動や態度が以前とは打って変わって、幼くなっていました。
姿こそ変わりませんが、とても、あのしっかりとしたシュピさんだとは思えない程でした。
それだけでも混乱して耐えられないのに、ジュセは医者に、さらに残酷な事実を突き付けられます。
一命は取り留めましたが、これまでの事例から、今後症状が悪化する可能性が極めて高いという事。
段々と理性が無くなっていき、いずれ魔物と化してしまうかもしれないという事。
その時はジュセをはじめ、周りの者を襲い、殺すかもしれないという事。
そして、現時点で治療法は確立されていないという事。
ジュセは再び、絶望の淵に落とされました。
もう、シュピは戻ってこないのか。
幸せだったのに。これからどうしたらいいんだろう。
いや、記憶を失っていてもまだ生きている。また1から頑張ればいい。
…だめだ。頑張ってもいずれシュピは…。
様々な思いが、頭の中でぐるぐると回っていました。
そんな、ベッドの横でしかめっ面をするジュセに向かって、シュピさんは無邪気に色々と話しかけました。
初めのうちは気力がなくて、適当に相槌を打つだけでした。
ジュセ…だっけー。
私はどこも悪くないから、大丈夫だよー。
そんな難しい顔してたら、ダメだよー。ジュセが病気になっちゃうよー。
へんてこな顔してるんだからー、笑ったほうがもっと面白いよー。
ねー、へんてこジュセちゃんー。
誰がへんてこだ。
ある時、あまりのしつこさに、ジュセはつい、言葉に乗ってしまいました。
怒ったジュセを見て、シュピさんは吹き出し、笑いました。
あはは…やっとちゃんと返事してくれたー。怒った顔も、面白いねー。
久しぶりに感情を露わにしたジュセ。
その反動で何かのつっかえが取れたのか、可笑しさがこみ上げてきました。
ジュセはシュピさんと一緒に、思いきり笑いました。
ひとしきり笑った後、シュピさんは言いました。
うんー。ジュセはやっぱり笑顔が一番だよー!
ジュセは気が付きました。
今感じている心の安らぎは、紛れもなくシュピさんによるものであると。
たとえダメだったとしても、安らぎを与えてくれたシュピさんを、身を捧げてでも守ってあげる義務があると。
この時からジュセは、支えられる側から、支える側となったのでした。