「かつて、ある世界の征服を試みたことがあった」
目の前にいる巨大なモンスターにこんな告白をされたら、どう反応するのが正解なのだろう?
私はこの竜を「見た目は怖いけど心は優しい」タイプのモンスターだと思っていたが、実はそうで無かったのかもしれないと言う事実に動揺する。
そんな私の心の動きを知ってか知らずか、竜はおどけた様な声で次のように付け加えた。
「…まぁ、うまく行かなかったわけだが」
竜は、しばらく間をおいて私の反応を確かめた後「続けていいか?」と顔としぐさで聞いてきた。
そんな対話のやり取りに僅かな安堵感を得て、私が話を続けるように頷くと、竜は再び目を閉じて記憶を辿る。
「俺は眠りから覚めたばかりで万全の状態ではなかったんだが、とにかく王になりたい一心で大した準備もしないうちにその世界の王に宣戦を布告してな」
「城は未完成で城壁は穴だらけ、仲間たちは各地に点在していて集結もままならない状態で…」
再開した話の内容が世界征服という壮大な目標に対してあまりに軽率でいいかげんだったため、思わず竜の言葉を遮ってそのやり様を責めてしまうが、竜は不思議そうに私を見つめた後…意地悪そうな笑みを浮かべる。
「それでは俺の世界征服が成功して欲しかったように聞こえるぞ?」
確かに人としてその立場はまずい。
だが、こういう「失敗するべくして失敗する計画」には腹立たしさを感じてしまう性分なのだから仕方がない。
うまく言い返す言葉が出てこないもどかしさに私が顔をゆがめていると、竜は意地悪な質問に仕返しができたからか機嫌よく話を続ける。
「もちろん、まったく勝算がなかった訳でもないんだがな」
「その世界の文明には高度な造船技術が無かったから、敵が海を渡って攻めてくることは考えなくてよかった」
「俺の城は人間たちの都に近いようで間に流れの速い海峡が横たわっていたから、陸路で攻めるには随分遠回りする必要があったし…」
「体制を整える時間は十分に確保できると考えていたのさ」
話を聞けば確かにうまく行きそうな計画にも思える。
だとしても準備が整うまで待つ方法もあったのではないか?と私が問うと、竜は「お前は何も知らないんだな?」と言わんばかりに鼻で笑い
「人の世に王が一人でないように、俺たちにも王は大勢いるのさ」と、当然のように答えた。
竜の話によると、野心のある王たちは常に自分が君臨する世界を欲していて、手ごろな世界を見つけたらまずは先鞭をつけないと直ぐに他の王に奪われてしまうらしい。
竜が事を急いだ理由は理解したが、計画通りなら何故うまく行かなかったのだろうという新たな疑問が沸く。
そんな思いがつい表情に出てしまったのだろうか、竜はバツが悪そうに洞窟の隅に置かれたスイカを眺める。
「だが、奴が来たからなぁ…」
アネット王国探訪編【六日目】続く