
…順番に石棺を眺めながら反時計回りに進んで行くと、剥き出しの岩肌が目に入る。
「ここは修復途中か」と、遠慮して遠回りしようとすると、傍に立っていた案内人が舞台役者の様な大げさな表情と仕草で手招きをしてきた。
私が恐る恐る近づきながら崩れたりしないか尋ねると、案内人が「大丈夫です」と満面の笑顔で応える。
ここの石壁が崩れた箇所は、壁の内部構造を展示するためにあえてそのままの状態にしているらしい。もちろん、補強をしているのでこれ以上崩れることは無いと言う。
触っても良いと言われて岩壁に触れてみると、凹凸は感じるが表面のざらつきが無い。触っても手が汚れないのは“何か”で岩の表面が覆われている証だろう。
私が何度も手のひらを確認しながら触っていると「頃良し」とでも思ったのだろうか、案内人が得意気に解説を始めた。
話によると、この補強工事は王国が誇る錬金術師の仕事だと言い…なんでも、防具を強化する錬金術を応用して崩落個所の硬化をしているのだと言う。
たしかに、聞いた話によると錬金術の上級者ともなれば簡単な皮の鎧ですら鋼の様に強化することができるというから、補強工事などお手の物だろう。
この小さな王国にそれ程の腕前を持つ錬金術師が住んでいると言うのも驚きだが、崩れた石壁を逆手に取って展示物としてしまうアイデアにも感心させられた。
何千年も前の石工たちが削ったノミの跡に誰もが気軽に触れて楽しめるなど、他の遺跡では経験できない画期的な展示だと言える。
丁寧な説明をしてくれた案内人のお嬢さんにお礼を言って先に進んだ私は、湧水が溜まって鏡面の様に周囲を映す神秘的な撮影スポットや、復元された出土品などを十分に堪能した後に遺跡の出口へと向かった。
外に出ると既に太陽は傾き、遺跡の周囲も人影はまばらになっていた。
遺跡へ入る前と比べて幾分涼しくなり気持ちの良い風も吹いていたので、ひと休みしてから帰ろうと展望スペースに設置された椅子に腰を下ろす。
展望スペースからは街並みが見下ろせ、その先にある海まで見渡すことができる。
浜では明日の『海大祭』に向けた準備が行われているようで、時折聞こえる作業の喧騒も人々が祭りにかける気持ちの表れだと思えば微笑ましい。
この国では滅多に見かけないような人数が働いている様子を見て「なるほどそう言うことか」と独り合点がいく。
というのも、遺跡から出てきた際に、遺跡の周囲で品物を並べていた露店が皆店じまいをしており、つい先ほど悔しい思いをしたところだったからだ。
特に目を付けていた『はちみつ団子』などは、あの蜂蜜酒の原料にもなる蜂蜜が使われているならさぞ美味しかったに違いない。
他の国では滅多にお目に掛かれない上物の蜂蜜酒の味を思い浮かべて喉の奥がゴクリと鳴る。
すっかり“蜂蜜酒の口”になってしまった私は「明日も早いしな」と、誰に聞かせるわけでも無い言い訳を呟きながら宿へ戻る事にした。
アネット王国再訪編 続く