ここはとある町の商店街。
その一角には振興組合事務所があり、
表には長机に置かれた昔懐かしいガラポンの福引がある。
三百六十五日休まずそれはあり、
その商店街一番の人気のスポットである。
季節は夏。
連日うだるような暑さが続く。
振興組合事務所の理事長は法被を着て、
水分補給のペットボトルの水を近くに沢山置きながら、
今日も地元の人達に夢を与えている。
福引の特等はハワイ旅行だ。
福引券はその商店街で買い物をすると貰える。
地元の人達は色々な店で買い物をして福引券を集め、
ハワイ旅行を当てようと福引をいつも頑張っていた。
ある日、その振興組合事務所の隣に旅行代理店が出来た。
ハワイ旅行のポスターが目玉商品のように貼られていた。
開店祝いで一泊分無料という手書きの張り紙もしてあった。
ハワイ旅行に行きたかった人達はすぐに飛びついた。
毎日、色々な店で買い物をし、
福引券を貰う為に余計な買い物をしたこともある。
いつ当たるかも分からない福引を引くよりも、
その分のお金でハワイ旅行を直接買った方が安く済む。
そう考えたのだ。
けれど、旅行代理店を横目でちらちらと見ながら、
振興組合事務所の前で財布の紐を固くする人達もいた。
福引は何と言っても無料なのである。
買い物だって生活に必要なものだし、無駄ではない。
余計な買い物ばかりさせられているような気もするけれど、
余計なことは余計で、それは計算には入らない。
特等以外の景品だってある。
得しているではないか。
お金に余裕がないから買わないわけでは決してないのだ。
自分にそう必死に言い聞かせ、
周りにもそう必死に吹聴していた。
理事長も黙ってはいなかった。
旅行代理店に客を取られては商店街全体の利益にも関わる。
理事長にはそれを守る大きな責任があるのだ。
地元の人達の信用も失いたくはない。
そこで、理事長は考えた。
ガラポンの福引をもう一つ用意することにしたのだ。
今までと同じハズレのある福引に加えて、
三等二等一等特等しか入っていないハズレのない福引だ。
向こうが一泊分無料を付けるのなら、
こちらは商店街全体の利益に応じて、
福引券なしで福引を一回引ける日を設けよう。
恐らく月二回は確実に無料で福引を引けるはずだ。
一回きりの旅行代理店よりも太っ腹だ。
地元の人達は色めき立ち、大いに喜んだ。
この地域に住んでいて本当に良かった、
理事長は地元の人達を大切に想ってくれている、
商店街はだから暖かくて好きなのだ、
廃れさせては決していけない、と。
地元の人達は理事長からよく聞かされていたのだ。
このままではこの商店街も十年二十年持たず厳しい、
しかし地元の人達の為にもこの商店街を守りたい、
この町に希望を見出せず都会に出た私の子供もいる、
帰って来てもらう為にも頑張らなければ、と。
実際、「閉店セール」の張り紙がされている店もあった。
その店はもう三年以上も経営に苦しんでいる。
旅行代理店に入り、ハワイ旅行の申請を済ませ、
嬉しそうに出てくる家族連れの人達。
子供達も目を輝かせている。
ペットのトイ・プードルも尻尾を振って喜んでいる。
「いやいや、お前は留守番だよ。」と言いながら、
皆で笑っている絵に描いたような幸せな光景だ。
今までと同じように福引を回す人達はそれを見て、
こう言った。
「わざわざ買わなくても無料で行けるのにな~。
しかも、前よりも当たりやすくなっているから、
ハワイ旅行も一年以内にはきっと行けるだろう。
お前達、夏休みは商店街でいっぱい買い物をして、
福引を頑張ろうな。」
福引をしている父親の近くには、
野良犬と遊んでいる子供達がいた。
服は勿論この商店街で買ったもので、どこか見窄らしい。
母親は目の届く喫茶店でだるそうに涼んでいた。
日が暮れ、商店街の店も次々とシャッターが降りる。
もうすっかり人がいなくなったその頃、
振興組合事務所と旅行代理店から理事長と店長が出てきた。
「商売の方はどうだい?」と理事長が言う。
「おかげで繁盛しているよ。」と店長が答えた。
「な? 言った通りになっただろう?」と理事長は言い、
「遠くからお前を呼んだ甲斐があったよ。」とほくそ笑んだ。
二人は歩き始めると、
商店街にある店を営む人達もなんとはなしに集まって来る。
「理事長、今年はどこに旅行に行きましょうか?」
誰かがそう言うと、どっと大きな笑いが起こり、
皆は再開発で賑わう隣町の歓楽街に繰り出すのであった。