(現代語訳)
錬金釜の元気のないさまを、一度見て去っていったが、気が付いてくれたのだろう、戻ってきてくれた人よ。
(背景)
本日、タリスカー(というサブキャラ)の錬金釜が元気を失っていたので、メギストリスの目につきやすい位置で釜を出して「暗黙のなでてくれアピール」をしておりました。
すると、位置取りの良さもあったことでしょうが、錬金釜に向けて一直線に(見えるコースで)走ってくる人がいました。
しかし、その人は酒場へ急いでいたのか、それほど急いでいないにしてもオートランを使って特に釜などは意識せずに行きたい道を行っていただけだったのか、目の前を通り過ぎてしまったのです。
その様を見てあと数十秒待つことを覚悟していたところ、なんとその1.5秒後、まさに先ほど通り過ぎていった人が戻ってきて、釜をなでてくれたではありませんか。
アストルティアとはなんとよい空間であることか、と感動したことでありました。
この感動をぜひみなさまに知らしめたいと思い、筆を執りました。
(あとがき)
短歌難しすぎ。現代人は現代語も古語も使えるんだし文字数圧縮くらい余裕やろ、とか思ってたけど、それにしても57577は短すぎるし、そもそも古語の知識ほとんどないし、ここまで苦労するとは考えてなかった。ナメてた。
「見て去りて」「戻りし人よ」あたりはなんかもう、音の響きとかリズムとか、意味の整合性、伝わりやすさ、などなどを気にする余裕が全くなく、もう解説入れて意味わかればいいだろ、くらいのヤケクソで書いた。
(acknowledgement)
「心づくらむ」については、「気が付いてくれたのであろう」を5文字ないし7文字で表現する方法はないか、という突然の無茶振りに応えてくれたあねくめーね氏の協力なくしては詠めなかった部分です。心より感謝申し上げます。