「コトッ」
返却された本を元の場所に戻すと、
木製の書架から心地よい音がする。
私は、この音が好きだ。
母の手伝いではじめて任されたのも、
この配架の仕事だった。
仕事を終えた私を母はとても誉めてくれた。
配架が終わると、図書館裏にある管理人室で
ひとりきりのティータイム。
この時間が、私は一番好きだ。
そこは、母のお手製焼き菓子の甘い香りと
茶葉の爽やかな香りが漂う、至福の空間。
手伝いを終えてから図書館が閉館するまでの時間、
淡い陽光のさす日も、雨で窓ガラスが濡れる日も、
私はそこでずっと本を読んで過ごしていた。
幻想小説、童話、冒険譚、歴史書、哲学書、数学書、医学書、魔導書、伝記、詩集。
私は、ありとあらゆる本をひたすら読み漁った。
父は王宮で古代魔術を研究する研究員、
母は王立図書館の司書官をしている。
父が家に帰る日は少なく、母も図書館が閉まり
残務を終えてから夜に帰る。
いくら世の中が平和といっても、
家に娘一人を残して働くのは、
親として当然の不安もあったのだろう。
私は学校が終わると、
母の働く図書館にまっすぐ向かい、
幼少期の大半の時間をそこで過ごした。
友だちは一人。
どんなきっかけだったか思い出せないけれど、
気がついたら彼女は隣にいた気がする。
魔族の女の子で明るく人付き合いが上手い。
どちらかと言えば根暗で、
人と距離を取る私とは対照的だった。
あぁ、そうだ。
彼女のお気に入りの髪飾りを男子がイタズラで
どこかに隠したのを、一緒に探したっけ。
彼女と仲良くなったのはそれからだ。
彼女は、私の知らない世界をたくさん知っていた。
王宮のパーティに招待されたことや、
家族でショッピングに行ったこと、
流行のファッションや、
パウンドケーキの美味しいお店。
その頃の私にとって、
彼女は童話に出てくるお姫様のような存在だった。
そんな幼い頃の幸せな思い出が、
この図書館にはたくさん詰まっている。