皆さんこんにちは。あるいはこんばんは。
普段ふざけてる僕ですけど、
今回は僕が直面している深刻な問題というか、
本当は他人に言う事じゃないのかもしれないですけどこの場を借りて伝えさせていただきます。
今、夜中にこの日誌を書いてるわけなんですけど、
僕は屋外にある仕事現場の人の往来がそこそこある
トイレの個室の中で大便しながら日誌を書いています
こういうたくさんの人が生きる社会の中で
部分的に閉鎖された空間に居ると、
色々な考えがめぐり改めて自分と向き合う事が
出来るのかなぁなんて考えたりします。
本題に入りますが、
僕はもともと『〇〇をやらなければならない』みたいな事を自分以外の人や状況に強制される事があまり
好きではないです。
しかし、アストルティアにも言える事ですが社会の中で生きてる以上、それは避けては通れない事だし必要な事だと感じてもいます。
それでも僕は誰かが決めた常識に縛られずに、
自分の楽しいと思う事や正しいと思う事をして過ごしていけたらなんて夢みたいな事を思ってるんです。
僕の好きなゲームの1つにアンダーテールという
ゲームがあります。
知ってる人も多いでしょう。
誰も死ななくていい世界で1番優しいRPGです。
このゲームは敵を倒してプレイヤーを強くしながら物語を進めていくみたいなRPGの常識を根本から覆すようなそんなRPGでした。
自分が敵を倒さないと決めたら倒さなくてもいいし、倒したかったら倒して進めばいい。
また、何か大きな事態に直面する時にケツイがみなぎったり、人の意思とか葛藤。希望。夢。
ドット絵ながらそういう表現が多彩で、物語のキャラクターだけでなく、それまで進めてきた自分自身にもケツイがみなぎるような、そんな感覚になるゲームでした。
何が言いたいかというと『〇〇をやらなければならない』というのは、他人に強要されるのではなく自分自身で決める事ではじめて意味を持つんじゃないかって思うんですね。
どこの誰かが決めた常識にはとらわれたくない。
そういった意味では今僕が置かれてる状況も
打開できるんじゃないかって。
今、『トイレットペーパーが無い』んです。
昨日飲みすぎたせいで腹はくだり気味で、
急いで駆け込んで用を足したあとに気づきました。
でも、僕思うんです。
『大便した後におしりを拭かなければならない』
そんな、誰かが決めた常識にとらわれて生きるのは
もうやめようって。
もし、このまま一歩でもトイレの外に出たら誰かに見られて僕は一生後悔するかもしれない。
『サイアクな目にあわされそうなよかんがする』
でも、ケツイさえあれば大きな困難にも立ち向かっていける。アンダーテールをプレイして教わったんです
きっと僕がアンダーテールと出会ったのは、
今日この瞬間のためだったのかもしれない。
大便したあとお尻を拭かず出ていく勇気をこのゲームに貰ったんです。
『トイレットペーパーホルダーに残された芯を見て ケツイがみなぎった。』
さあ、ここから出ようか。